前書き

HumptyDumptyの続編をオフ本にしよう!と思い立ち細かいプロットを書いたところ、あまりに長くなってしまったために全てを文章に起こしきれるかが分からず、1シーンをその都度ピックアップして小話として書いていくことに致しました。

気が向いたらこちらにUPしていく予定です。アットランダムな時系列で書いていきますので、それでもいいよ、という方はスクロールお願いします。



1「Diabolism」世話係の男のその後


 それはまさに千載一遇のチャンスだった。天井が崩れ落ち、あちこちに瓦礫の山が積み上げられる。眼前の鉄格子がぐにゃりと歪んだ。頭上から降ってきた石版を間一髪で避け、格子と格子の隙間から外に出る。同じように脱出を果たした囚人達が、たまたま崩れた瓦礫で足をやられたらしい看守の周りを取り囲み、彼の身体から手錠の鍵や金目の物を漁っていた。一人の囚人が力任せに頭を蹴り、看守が醜い悲鳴を上げる。同情する者など誰ひとりいなかった。投獄させられてからというもの、看守の連中には散々こき使われ、家畜以下の扱いを受けてきたのだ。彼に対する罵詈雑言が飛び交い、俺もまたそれに便乗し、二、三言の痛罵を浴びせてやった。
 やがて一人がマスターキーを奪い取ることに成功した。この騒動の中で奇妙な連帯感に包まれた俺達は、律儀に、そしてお行儀よく順番にそれを回した。そこにいた連中の一番最後に解錠を果たした俺は、未だ牢の中にいる斜め後ろの男に向かって鍵を投げた。男が怪訝な顔を作ったので、俺は彼の側に駆け寄ると、格子越しに言った。
「短い間だったが、アンタには色々と聞いてもらったからな。後は自力で何とかしろ。じゃあな」
 言いしな踵を返し、土煙を上げ轟音を立てはじめた監獄の終焉を感じながら脱出に急ぐ。
「……待て!おい、何処に行くつもりだ!」
 背後から聞こえた声に足を止め、銀灰色の髪をしたその精悍な青年に、俺はにやりと笑んでみせた。
「決まってるだろ。あいつの所さ」


***


 組み敷いた身体を見下ろし、一年前に比べて些か逞しくなった肩に手をかけた。雪花石膏の肌は何一つ変わっていない。唾を飲み込み、熱くなった股間をはだけた。
「久しぶりだな。大きくなったじゃねえか」
「……な……んで……」
「へえ、俺の顔を覚えててくれたのか……光栄だな。会いたかったぜ、セシル」
 包帯の巻かれた左腕を持ち上げる。俺は興味深げにその腕をしげしげと見た。セシルが包帯をした姿など初めて見た。怪我は御法度だった筈だ。俺が世話係を離れて一年の間に一体何があったのだろう。巻かれたそれを解き、斜めに大きく入った裂傷を見遣ると眼下のセシルに尋ねてみた。
「随分ざっくり切れてんな。何の傷だよ、これ」
 傷を爪の先で軽くつつく。セシルの表情が苦悶に染まり、かつての高揚が蘇ってくる。
「いっ……た、い……」
「皇帝サマにやられたのか?いや違うか、お前に擦り傷一つでもつくのを嫌がってたもんな」
「はな、せ……」
「はは、離せだって?お前も言うようになったじゃねえか。なあ聞いたぜ、お前皇帝サマのとこ出戻ったんだってな。何があったか知らないが、俺をあんな監獄にぶち込んでおいて自分はペットに逆戻りか。いい身分だな」
 つい十日ほど前、向かい側の牢に収容されたあの男――兵士に変装して王宮に侵入し、それが間抜けにも発覚して捕まってしまったとか――はどうやらセシルの知り合いらしい。あいつは多くを語らなかったが、数少ない語り口からセシルが皇帝の寝所に出戻ったことは理解できた。
 何故変装までして侵入したのかと問えば一言、親友を取り戻しに来た、と言っていた。親友とはセシルのことではない、第三者のようだった。生憎セシルの話題以外に興味はなく、それ以上はこちらも尋ねたりはしなかった。
 俺は彼にセシルの世話係をしていた頃の話を延々と聞かせた。やめろ、それ以上言うなと何度も話の中断を求められたが、俺は話すのを止めなかった。あいつが毎日どんな生活をして、皇帝とどんなセックスをしていたのか、そして俺があいつに何をしたのか――聞くのを嫌がる彼に対して、こと詳細に話してやった。俺は語ることで興奮していた。セシルの滑らかな肌を思い出し、同時に自分の全てを奪ったあいつに対する激しい憎しみが込み上げた。
 セシルを捕まえるのは予想以上に容易かった。王宮の混乱に乗じてあいつの部屋に乗り込み、非力な世話係の女を力付くで眠らせた。女の懐から落ちたナイフを拾い上げ、セシルを連れ出し外に出た。皆自分が逃げることしか頭になく、誰ひとり俺に注目する輩はいなかった。一波乱さえ無く、中庭の奥の林にたどり着いた。
「俺はな、死ぬほど反省したんだ」
 抗うセシルの服をナイフで破り、両足を持ち上げる。膨れ上がった自身をさすり、この一年もの間、自慰さえ自由にさせてもらえなかった苦痛の日々を思い出す。
「こんなことになるなら、お前をさっさとヤッておけば良かったってな」
「いやだ、やめ……」
「皇帝サマと相変わらず楽しんでるんだろ?俺の相手もしてくれよ」
 毎日風呂に入ることもさせてもらえず、お世辞にも綺麗とは言いがたい薄汚れた自身を見下ろしほくそ笑む。腹立たしいほど美しいこいつの中を自分の小汚いペニスで犯してやる様を想像してゾクゾクした。
 足首を持ち上げ、怯えたセシルの顔を舐めるように見つめながら下半身を密着させる。やっと、やっとこいつに復讐を果たせる時が来た――歓喜に打ち震え、力を掛けた時だった。頭に激痛が走った。目の前が真っ赤に染まったと思った瞬間、今度は真っ暗闇に包まれた。俺は地面に倒れていた。うっすら開いた瞳で必死に手をセシルに伸ばす。セシルは俺ではなく、上方に目を向けていた。驚いた顔を作り、今にも泣き出しそうな表情だった。
「セシルに触るな」
 誰だ、と問い返す力さえなかった。俺はこのまま死ぬのだろうか。セシル、セシル、セシル――俺の人生を無茶苦茶にした全ての元凶。こいつに復讐することだけが生きる糧だったのに。俺を襲った声の主が、何かを振り上げる気配がした。俺は死を覚悟した。オカルトに興味はないが、潔く死霊となってセシルに取り憑いてやるのも悪くはない。
「カイン!」
 セシルの声が耳に響く。頭先に何かが突き刺さった感覚があった。おもむろに視線を這わせると、俺の眼前で槍の刃先が地面を貫いていた。
「……次は殺す。さっさと消えろ」
 頭上から冷たく言い放たれた言葉に、俺は無我夢中で、激痛をこらえながら立ち上がった。下半身はみっともなく漏らしており、悪臭が鼻をつく。カインと呼ばれた、金糸の長い髪にターバンを巻いたその男と目が合った。闇に囚われた瞳の冷たさに震え上がり、身の毛が弥立った。
 俺は慌てて彼の視線から目を逸らし、全速力で逃げ出した。恐る恐る振り返り、二人の姿が見えなくなったのを確認して足が縺れた。地面に転がり、頭から流れる血を手で押さえる。全身が弛緩し、暫く動けそうにない。
 自分の手でセシルを壊してやりたいと、一年間ずっと思い続けてきた。しかし、俺が手を下すまでもなかったのだと、身を以て気付かされた。冷汗さえ忘れる程の、暗く淀んだ瞳を想起して身体が震える。彼が何者かは分からないが、セシルの最大の不運は、あの男と出会ったことのような気がしてならなかった。
「……はは、ははははっ」
 俺は静かに笑い続けた。もはや、セシルに復讐する気力は残ってなどいなかった。



2 セシルが去った直後のフリオニールとカイン




 何の躊躇もなくセシルの左腕を切り落とそうとした親友の姿を見て、フリオニールは反射的に駆け出していた。こんなことなら言わなきゃ良かった――頭に血が登ったカインに、セシルの状況を話したことを心から後悔した。


 あの満月の夜、セシルが自分達の元から去ったすぐ直後にカインは姿を消してしまった。翌日、自宅で伸びていた兵士の甲冑を奪い、フリオニールもまた扮装して王宮に向かった。隊に入り込むことには何とか成功したものの、中々二人の手がかりは得られなかった。そんな中、急遽行われることになった実験とやらに下っ端の兵士が大量に駆り出されることになった。
 広場に集められた兵士達の前に現れたのは皇帝だった。その傍らにいる少年を見て、フリオニールは目を見張った。セシルだった。
 様子がおかしいことに直ぐに気付いた。視点が全く定まっておらず、瞳に一切の光を宿していない。圧倒的な魔力を駆使する皇帝のことだから、彼によってセシルは何らかの呪縛を受けているのではないだろうかと考えた。
 皇帝の合図と同時に、セシルが剣を引き抜いたのを見て驚愕した。ふわりと飛び跳ね、兵士の群れに飛び込むと、突然剣を彼らに向かって振るいだした。まるでダンスを見ているような華麗な剣技を舞うセシルの姿を見て、実験の意味が分かった気がした。満月の下でセシルが見せた、不思議な力が不意に脳裏に蘇ってくる。皇帝はそこに目をつけ、セシルを兵器として使うつもりなのではないだろうか――推測の域を出ない仮説だったが、全くの見当違いとも思えなかった。そういえばあの時、皇帝がセシルに向かって何か引っ掛かる単語を言っていたような気がする。記憶の糸を必死に手繰り寄せていると、兵士達を次々に薙ぎ払ったセシルがこちらに向かって突進してきた。フリオニールは腰に提げた剣を引き抜き、彼の太刀筋を受け止めた。やめろセシル、俺が分からないのか、俺だ、フリオニールだ――セシルの猛攻を受け止め、彼にだけ届く範囲の声量で何度となく呼びかける。
 ふと、セシルが剣を下ろす瞬間の微妙な右手首の捻りが目に飛び込んできた。それはカインの癖と全く同じものだった。剣術の基本を彼が教えていたことを思い出した。
 やはりセシルは、自分達を忘れてなどいなかった。込み上げてきた熱いものを振り払い、フリオニールはもう一度名前を呼んだ。セシルの肩がぴくりと揺れる。手にしていた剣を落とし、地面にしゃがみ込んで頭を抱えた。
「ああ……あああっ……」
 フリオニールが慌てて彼に手を伸ばそうとしたところで、皇帝の側近が合図を出した。皇帝は暫くセシルの様子を眺めていたが、今日は此処までだな、と独りごちると席を離れた。上官の兵士達がセシルに駆け寄り、彼の身体を抱き抱える。
「ま、待ってくれ」
「何だ貴様は。さっさと隊列に戻れ」
「聞かせてくれ。セシ……いや、その子はどうなるんだ」
「まだ腕輪の効果も未知数だし、このガキの力自体も不安定だ。訓練が必要だろうな」
 呻くセシルの手首を見遣れば、細くて白い彼の腕には些か不相応なごつい腕輪を装着していた。魔力を宿した装備品やアクセサリーは数多いが、この腕輪もその一種なのだろうか。不確かな要素があまりにも多過ぎる。暫くの間は大人しくして様子を探ろうと決心し、フリオニールは引き下がった。
 それから数日後のことだった。兵士が次々に襲撃されているとの噂が千里を駆け抜け、それはフリオニールの耳にも届いた。目撃者によれば襲撃者は金髪にターバンを巻いた長身の男だという。金髪で、長身。皆が噂する謎の男の正体とは、まさか――。
 フリオニールの悪い予感は当たっていた。夜の庭園を徘徊中彼もまた謎の男の襲撃に遭い、間一髪でそれを避けた。闇に隠れ顔はよく見えなかったが、男の正体が親友だと確信した。
「カイン、やっぱりお前だったのか」
 兜を下ろして顔を見せると、カインは静かに剣を収めた。たった一週間程会わなかっただけなのに随分と纏う雰囲気が変わった気がする。ろくに物を食べていないのだろうか、元々痩身だった肉体は更に痩せたようだった。
 何をしているのかと問われ、フリオニールはセシルと思いがけず再会したことを彼に話した。近々また実験とやらが行われるのではないだろうかと、余計なことまで口走ってしまった。
「……そうか、分かった。じゃあな」
「待て、何処に行くんだよ」
「関係ない。お前はもう帰れ」
「そうはいかない。……セシルを取り戻したい気持ちは分かる。しかしやり方がいくらなんでも酷すぎるだろ。重傷の兵士も多いって――」
「俺に指図するな。それに、お前を巻き込みたくない」
「カイン!待っ……」
 カインは天高く跳ね上がり、フリオニールの前から姿を消した。
 二度目の実験はそれから三日後に行われた。一度目の実験で大怪我を負った兵士は多く、無傷のフリオニールはまたも駆り出されることになった。
 例の腕輪をつけたセシルを連れて現れた皇帝の前に、突然鋭い槍が上空から降ってきた。魔力の紋章により弾き返されたそれを空中で受け取り、そのまま着地を果たしたターバン姿の男が皇帝に槍を向ける。一般兵の列に紛れていたフリオニールは息を呑んだ。カインは一体何をするつもりなのだ。考えなしで、無謀な男。それは自分の知るカインとは程遠い人物像だった。何がここまで親友を変えたのだろう。闇に染まった暗い瞳を思い出した。
「貴様……どこかで見た顔だな」
 槍の刃先を突き付けられた皇帝が、カインを上から下まで見下ろし冷静に言う。周りの兵士が彼を確保しようとしたのを手で制し、やがて記憶が繋がったのか、ああ、と納得したように頷いた。
「そうか。あの場にいた虫けらの一人か」
「……セシルを返せ」
 くくと高笑いを浮かべ、皇帝はセシルの左腕を取ると、彼の耳元で何かをそっと囁いた。



 虚ろな瞳で、振り下ろされた剣が描く軌跡をぼんやりと見つめるセシル。間一髪というところで咄嗟にカインを後ろから拘束したが、鋭い剣の刃先が肉を切り裂く音がしたかと思うと、傷一つなかった真っ白のセシルの肌に入った長い直線の切り口から、真っ赤な鮮血が流れ出した。それでもセシルは無表情のままだった。左手首に装着された腕輪の作用は、思いのほか強力なようだった。
「カイン!お前っ……何考えてるんだ!」
 お前に解く術(すべ)がないのなら、腕ごと切り落としてしまえばいい――皇帝の言い放った挑発にあっさり乗ったカインの取った行動が信じられない。自分の知るカインと、目の前にいるこの男は果たして同一人物なのだろうか。ぼんやりと立ち尽くすセシルの腕から流れる血を見遣り、側にいながら親友の凶行を止められなかった自分を悔やんだ。
「動くな!」
 いつの間にか周りを兵士達によって取り囲まれていた。皇帝はフリオニールの顔を見下ろし、顎をしゃくって隣に立つ大臣に指示を出した。部外者は即刻立ち去れ――冷たい声が降り懸かる。フリオニールはカインを押さえ付けていた腕を静かに下ろした。ここで抵抗することは、決して得策ではないと第六感が警鐘を鳴らしている。
「……カイン。自分を……殺すなよ」
 自分の言葉を、カインが聞いているのかは分からなかった。僅かに頷いたようにも見えたが、目の錯覚かもしれない。
 兵士に二人がかりで拘束され、そして連行された。大広場と地下牢を結ぶ建物の入り口に立ち、フリオニールは振り返った。未だ出血の止まらない腕を力無く下ろし、視線を宙にさ迷わせていたセシルの姿が視界に入ったところで、隣の兵士に身体を強く引っぱられる。
「……くそっ」
 彼が壊れていく様を、自分はただ見守るしかないのだろうか。大切な親友を救ってやりたい。しかし今の自分にはどうすることも出来なかった。
 長い廊下を歩かされ、冷たくかび臭い牢屋に乱暴に投げ込まれた。向かい側の房に入っていた男と不意に目が合う。彼の背後の壁に彫られた無数の同じ文字列を見て、心臓が嫌な音を立てて轟いた。
「セシル……セシル……」
 その男の呟きを聞き、一層気が滅入りそうだった。



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