接点


 学園祭が無事終わり再び通常の日々が始まった。早朝、ガーデンの正門前にはSeeDの面々が集っていた。今日は制服ではなくそれぞれが自分の戦闘スタイルに合わせた装いをしている。10人より少し遅れて、担当教官のゴルベーザが現れた。
「本日はアガルト周辺に大量発生しているという魔物討伐に向かう。二人一組で任務につけ。組み合わせは私が指定する。……それと、お前達と共に任務に就いてもらう留学生を紹介する。カイン、来い」
 どこか刺々しいゴルベーザの呼び掛けと同時に、上空から青い鎧を纏った男が颯爽と飛び降りてきた。おお、とティーダやバッツが感心するように手を叩く。セシルは一番後ろに立ち、無言のまま俯いていた。
「カイン・ハイウィンド。バロンから来た。宜しく」
 カインのあまりに素っ気ない挨拶を見て、お前と似たようなタイプが来たぜ、と言わんばかりにジタンがクラウドの脇をつつく。クラウドは黙っていたが、やがて斜め前に立つスコールを指差し、抗議する顔をジタンに向けた。どっちもどっちだって……。彼らのやり取りを冷めた目で眺めていたオニオンは呟いた。
 セシルを除けば、フリオニールは唯一カインとは初対面ではない。にも関わらず、彼が名乗るまでは昨日の男だとは分からなかった。鎧を身に着けたカインは、顔の上半分が隠れていたのだ。ゴルベーザが任務の具体的な説明や組み合わせを発表している間、フリオニールはカインの鎧を上から下まで穴が開くほど凝視していた。よく手入れこそされているが、年期の入っていそうな古びた鎧。あの鎧、見たことがある――そう、あれは12年前。ガーデンに来る前のことだ。
「……続いて、フリオニールとカイン。以上だ。早々に任務に就け」
 名前を呼ばれ、ハッと顔を振り仰ぐ。ゴルベーザの解散の合図と共に、SeeDは行動を開始した。
「おい、早く行くぞ」
 何の因果か本日の相方に決定したらしいカインが話し掛けてくる。フリオニールはああと頷き、彼の後を追い港に急いだ。
 定員が四名の小型船に、二人一組で乗り込んでいく。カインとフリオニールもまた船に乗り込み、二つある操縦席に腰掛けた。SeeDになると船の運転訓練を一通り受ける。しかしガーデンに来たばかりのカインに運転は無理かもしれない。フリオニールは隣に座ったカインに尋ねた。
「なあ、お前運転できるか?」
「ああ、昔バロンで習った。セシルと一緒にな」
「……そうか」
 セシルと一緒に。胸の奥がちくりと痛んだ。
 アガルトまでは相当の距離があるため、交代で運転することになった。それにしてもカインと二人きりというのは何とも気まずい。魔物退治という一瞬の気も抜けない任務を共にこなすパートナーとの関係がぎこちなければ、いざという時に命を落とす事態になりかねない。初対面があれだけに個人的にあまりいい印象を抱いていないが、フリオニールはハンドルを操作しながら隣のカインに話し掛けてみた。彼の着ている鎧について、気になっていることもある。
「カイン、だったな。あのさ……お前、もしかして竜騎士か?」
「……ああ。よく知ってるな」
「俺、知り合いに竜騎士がいるんだ。その人の鎧とお前の着てる鎧がそっくりでさ、びっくりしたよ。竜騎士はみんなその鎧なのか?」
 フリオニールの言葉を聞き、今まで腕を組み億劫そうに答えていたカインが突然凭れていた背を起こした。何か変なことを尋ねたのだろうか。
「……竜騎士の名前は?」
「リチャードだ。ファミリーネームは知らないけど」
「そうか……どこで、会ったんだ。リチャードは……何をしていた?」
「えっ。話すとかなり長くなりそうなんだが、いいのか?」
「構わん。話してくれ」
 フリオニールは頷き、リチャードとの出会いについて語り出した。
 時は12年前に遡る。ベクタの侵攻によってフィンは一夜にして焼き払われた。生き残った数少ない者達はその地を去ることを余儀なくされ、両親を亡くした幼いフリオニールは大人達に連れられフィンを脱出した。南西の海から小さなボートに乗り、ベクタが放った追っ手のモンスター達から間一髪の所で逃げ果せた。
 大人3人に子供2人を乗せたボートは行くあてもなくほとんど漂流状態だったが、南沖にさしかかった時、大きな渦潮が発生しボートは呆気なく転覆してしまった。大海原に投げ出され、巨大な渦の中心に吸い込まれたフリオニールが次に目を覚ました時、見知らぬ海岸に倒れていた。自分をフィンから連れ出してくれたおじさんが、すぐそばで息絶えた状態で横たわっている。その他に人の気配は見当たらず、漂流した先は町も村も見あたらない未開の地のようだっだ。
 途方に暮れたフリオニールは自らの死を覚悟した。自分から全てを奪った戦争が憎い。一部の利権者達の勝手な都合で、どうしてこんな争いに巻き込まれなくちゃいけないんだ。国の領土も発展もどうでもいい、みんなの願いは平和に暮らしたい、ただそれだけだったのに。次に生まれ変わる時は、どうか平和な世界でありますように。半ば茫然自失の状態で、固い岩面を削りながら文字を彫っていった。
 何をする気も起きず、ただ海を眺めていた。そうして2日が過ぎた頃、とうとう意識が途絶えた。ああ、やっと死ねる――そう思った時だった。ふらりと後ろに倒れた体は、何者かの腕によって抱きかかえられていた。程なくして暖かい光に包まれ、フリオニールの意識が戻った。おもむろに目を開くと、竜の形を象った鎧が視界に入ってきた。
「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」
 フリオニールを助けたのは、リチャードという竜騎士だった。同じように渦潮に巻き込まれたらしく、海岸線をひたすら歩いていた所でフリオニールを発見し、手持ちのポーションで回復してやったのだという。
 フィンがベクタからの侵攻を受けたと知り、リチャードは戦火のフィンに向かっている最中だったらしい。別れた妻がいるのだと言っていた。フリオニールからフィンはすべて焼き払われ壊滅したことを聞き、彼は落胆したようだった。
 高いジャンプを駆使してリチャードが辺りを探索した結果、二人が流されたのは未開発の無人島だと分かった。
 竜騎士だけが手懐けることのできる空飛ぶ飛竜も今や絶滅し、交通手段が一切ないため手製の筏(いかだ)を作るしかないということで、島の大半を覆う森林で適当な木材を二人は集めた。幸いにもリチャードが多数の回復アイテムを所持していたので、体力の方はどうにかなった。筏を作る合間にはリチャードから竜騎士に代々伝わる槍の扱い方を教わったりして、精神的な安定を少しずつだが取り戻すようになっていった。
 やがて筏は完成した。島を出る前、海岸のとある岩に掘られた文字を見て、リチャードは言った。
「お前はまだ幼い……辞世の句なんて書くような年頃じゃない。何があっても生きるんだ、いいな」
 それから、フリオニールは自らの死を考えることを一切しなくなった。
 二人は筏に乗り込み島を出た。海流を見極めながら、リチャードは慎重に筏の舵を取った。半日ほど時が流れ、二人は運良く近くを通りかかったバラム行きの船によって救助された。バラム港にたどり着き、近くの宿屋で一晩休んだのち、リチャードはフリオニールに別れをつげた。再び妻を探しに行くのだと言っていた。命の恩人との別れは心細く寂しかったが、いつかまた会えると信じてフリオニールは彼を見送った。ガーデンに引き取られてからも時折リチャードを思い出したが、彼が無事に妻と会うことが出来たのかさえ、今も分からずじまいのままだ。
「……とまあこんな感じかな。奥さんに無事に会えてたらいいんだけど。俺も出来ることならもう一度会って礼を言いたい」
「……リチャードは、死んだ」
「えっ?」
「リチャードのファミリーネームはハイウィンド。俺の親父だ」
 隣に座るいけ好かない青年が自分が慕う命の恩人の息子だと知り、フリオニールはカインとの奇妙な縁を感じた。世間は広いようで狭い――カインの鎧を見た時に感じた懐かしさはこのためだったのかと納得した。しかし、彼曰わくリチャードは既に亡くなっているらしい。フリオニールは動揺した。
「死んだって……そんな……どうして」
「リチャードは……親父は、単身ベクタに乗り込んだ。ガストラ皇帝と差し違えるつもりだったらしいが、そこに辿り着く前に無数の銃弾を体中に浴びせられ死んだ。俺のこの鎧は形見だ」
「ベクタに一人でって、そんな無茶な」
「親父はそういう男だ、一度決めたことは絶対に曲げん。しかし……なる程な。親父がバロンを突然旅立ったのはそういう訳だったのか」
「母親のこと、お前は知らなかったのか?」
「ああ。母親は俺を産んですぐ死んだのだと思っていた」
 フリオニールは想像する。あの後、バラムを旅立ったリチャードは恐らく、死体となった妻――カインの母親とどこかで再会したのではないだろうか。怒りに身を任せた彼は全ての元凶であるガストラのいるベクタに向かい、そして妻の敵を取ろうと挑み、最期は無数の銃弾に撃たれ命を落とした――。リチャードの無念を思うと胸が痛む。それに、成長した自分を彼に見てもらいたかった。
「……立派な人だったよ。本当に」
「ああ。親父は俺の誇りだ」
「そうだな……」
 親近感とは少し違うが、リチャードを通して互いに繋がっていたことが判明し、アガルトに到着する頃には妙な連帯感が生まれていた。船を降りると早速待ち構えていたかのようにモンスターの群れが襲いかかり、フリオニールは武器を構えた。ドラゴンの吐く炎を避けながら弓を放ち、喉に突き刺さった矢によってのけぞった隙に接近すると素早く剣で腹部を斬る。分厚い皮膚に阻まれ何度も攻撃を繰り返すフリオニールの背後からは、三体のズーが襲いかかる。カインが上空に飛び上がり、槍を構えズー目掛けて勢い良く落下した。一瞬のうちに槍に心臓を貫かれたズーは断末魔の叫びを上げ地面に倒れ、鮮血が辺り一面に広がった。
 地上の攻撃に長けたフリオニールと上空の攻撃に長けたカイン。うまく連携が噛み合い、二人は次々にモンスターを退治していく。フリオニールは内心、初めてにも関わらずカインと組んでいる時が一番やりやすいと感じていた。尊敬するリチャードの息子である彼の実力は伊達ではないようだった。
 担当区域内の討伐は早々と終わった。集合時刻まではだいぶ時間が余っている。そのような時は、他の区域を担当した仲間達の助っ人に向かうのが常例になっていた。どの組の場所に行けばいいのかを相談した結果、強敵が多数潜むアガルト鉱山内部と山頂付近にそれぞれ向かうことにした。
「ならば山頂には俺が行こう」
「いや、俺が行くよ」
「お前は地上戦向きだろう。山頂には飛行タイプの敵が多いから俺の土俵だ」
 カインの言い分は至極真っ当なものだった。しかし山頂の担当がセシルとゴルベーザだと思うと別の思惑を感じてならない。とはいえ反論も浮かばず、フリオニールは渋々ながら了承した。別れる直前、カインに聞き忘れていたことがあったのを思い出す。フリオニールはきびすを返し後ろ姿の彼を呼び止めた。
「カイン。そういえばお前、セシルと幼なじみってことはゴルベーザとも知り合いなのか?」
 カインの足が止まる。こちらを振り向かないまま彼は頷いた。
「ああ……セシルと知り合う前からよく知ってる」
「へえ、そうなのか。……でも、何でだ?」
「……親父のことを聞いた礼に教えてやる」
 カインは幼い頃、ふとしたきっかけで知り合った10歳年上のゴルベーザの子分……要はパシリというやつだったらしい。ゴルベーザの意外な一面を知ったフリオニールは具体的に2人がどのような上下関係にあったのか興味があったが、彼にとっては忌むべき記憶のようで、あまり深くを聞かれたくないようだ。
 セシルには絶対に言うなとカインは言い残すと、高く跳ね上がり山頂に向かって行った。



***



 黒龍の放つ黒い牙が、一瞬のうちに全てのモンスターの息の根を止めた。ゴルベーザのフレアが死体を焼き尽くし、粉塵となったそれらは風に乗って舞い上がった。自分が何もしないうちに兄が早々と任務を片付けてしまったのでやや拍子抜けしたが、ゴルベーザと組んだ時は大抵がそうだった。圧倒的な力で強敵を倒す兄の逞しい姿に見惚れながら、専ら回復役に徹するのも悪くないとセシルは内心思っている。
「さすが兄さんだ。もう任務が終わっちゃったね」
「油断は禁物だセシル。新たな魔物が潜んでいるかもしれん」
「うん分かってるよ。あ、兄さん怪我してる」
 セシルはゴルベーザの腕を取り、本人でさえ気付かなかった小さな切り傷に意識を集中させ呪文を唱えた。エメラルドの光が降り注ぎ、優しく傷口を癒やしていく。ほんの小さな傷に対してわざわざケアルラを使ったセシルに、本来ならば教官として、魔力の無駄遣いは控えるよう強く諭さなくてはならない。しかし弟の「ごめんなさい」を聞くと、こちらに非がなくとも強烈な罪悪感に襲われるのだ。甘やかし過ぎだと頭では分かっているが、こればかりはどうしようのないことだった。
 新たなモンスターがいないかどうか、2人で辺りを探索することにした。先程のゴルベーザの攻撃を目の当たりにし、思考能力の高い敵は岩陰に潜むなどして身を隠している場合がある。セシルは剣で黒ずんだ岩をつつきながら、背後にいるゴルベーザに話し掛けた。
「そういえば兄さん。何でカインがガーデンに来ることを僕に教えてくれなかったの?」
「ああ……すまん。言い忘れていたのだ」
「それならいいんだけど。……ほら、兄さん5年前に一度だけバロンに帰ってきただろ?あの時、初対面のカインとなんだか険悪そうな雰囲気で気になったんだよね」
「……勘違いだ。さあセシル、魔物はいないようだ。下山するぞ」
 若気の至りによる恥ずかしい過去というものは誰にでもある。ゴルベーザもまた、その例外ではなかった。
 15年前、バロン兵学校に通う男子生徒の間では洗脳ゲームと呼ばれるゲームが流行っていた。洗脳といっても実際は“言うことを聞かせる”という意味で、それぞれが適当な人物(大抵が年下の少年になる)を見つくろい、どんな命令にも従う従順な部下として育てるという、何とも質(たち)の悪い遊びであった。当時5歳だった幼いカインはたまたま体がぶつかったという理由だけで、運悪くゴルベーザのターゲットとして選ばれた。しかしカインは強情だった。なかなか言うことを聞かないので、幼い少年に芽生えたばかりの男心を弄ぶことにした。餌にしたのはそう、実弟であるセシルの写真である。
 当時4歳だったセシルはしばしば女の子に見間違われるほど可憐な“美少女”だった。ウサギのぬいぐるみを抱えた上目遣いのセシルの写真を見せてやると、カインはあっさり一目惚れしたようで、妹――本当は弟だが――の存在を餌にしてカインを忠実な部下に仕立て上げた。余談だが、ゴルベーザはこの時の自分の浅はかな行動を、後にどれほど後悔したかは知れない。
「兄さん?どうしたのボーっとして」
「う、うむ。何でもない」
 七合目付近まで下りた所で、ゴルベーザの頭に嫌な予感がよぎった。かつては自分の部下だった、いつの間にか弟に急接近を果たしていた最も忌まわしい存在の彼が、ジャンプを駆使し猛スピードでこちらに向かっている……そんな気がしたのだ。
「セシル、テレポを唱えろ。一気に地上まで下りるぞ」
「え?どうして?」
「いいから早く唱えるんだ」
「うん……?」
 魔力の無駄遣いは控えるべきだ。しかし時と場合によっては例外もある。
 セシルとゴルベーザが地上にワープしたその時、上空では何も知らない竜騎士が山頂を目指し、風に乗って颯爽とハイジャンプを繰り返していた。



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