再会


 パーティー会場を抜け出し、セシルはカメラを取りに寮の自室に向かっていた。全ての生徒が出払っているため人気の一切ない静まり返った廊下は寂寥感に満ちており、心なしか足早になる。カードキーを差し込み部屋の扉を開くと、どうせすぐに出るからと開けっ放しのまま中に入った。整理整頓された棚の引き出しからカメラを取り出し、中の容量を確かめようと電源を入れた瞬間。何者かに背後から肩を掴まれ、羽交い締めにされた。思わず、カメラを床に落としていた。
「何するんだ!」
 振り払い、振り向き様にとっさに臨戦体勢を取る。険しい目つきで見上げた先に映ったあまりに懐かしい顔に、セシルは目を丸くした。
「えっ……カイン……?」
「久しぶりだな、セシル」
 カイン・ハイウィンド。セシルの幼なじみだ。
 かつてバロンが誇る竜騎士団の隊長であったリチャード・ハイウィンドの一人息子で、彼もまた竜騎士だった。王に謁見する為に城を訪ねたリチャードが、その頃王の養子となったセシルと自分の息子が同じ年頃だということでカインを紹介したのがきっかけで、二人は出会った。
 セシルが王に引き取られるのと同時に実兄のゴルベーザがバロンを出て行ってしまったことにショックを受け、当時セシルは王以外の人間にすっかり心を閉ざしていた。カインとも初めは打ち解けることができなかった。しかしカインはセシルを半ば強引に色々な場所に連れ出した。いつまでも兄のことを引きずり、内に閉じこもったセシルを自立心のないブラコンだと一蹴し、初めこそ言われるままだったセシルも、彼の容赦ない物言いに対して次第に反論するようになる。本音をぶつけ合い、喧嘩を繰り返すうちに、セシルはカインに心を開くようになっていった。一歳年上のカインはセシルにとって親友であり、また頼れる兄のような存在でもあった。
 やがて思春期を迎え、二人の関係は徐々に変化していった。きっかけが何だったのかはよく分からない。気付いた頃には、どちらからともなく唇を重ねるようになっていた。その行為が正しいとか正しくないとか、そんなことはどうでも良かった。互いの唇を押しつけ、啄み、舌を絡め合うのが気持ち良かったから、それ以上のことは考えなかった。
 カインは一歩前に出ると、セシルの頬に手をやった。彼が何をするつもりなのか察したセシルは、その手を引き剥がして一歩後退りする。カインは心外そうな顔を浮かべた。
「何で拒むんだよ。今更だろう」
「そういう問題じゃないだろ。それより、どうしてお前がここに……」
「フン、俺がいたら迷惑なのか?」
「違うよ。あまりに突然だったからびっくりしたけど」
 カインはふっと笑い、先ほどセシルが落としたカメラを拾い上げた。下ろされたセシルの手を取り、カメラを手渡す。
「ガーデンには、交換留学生として来た。お前に会いたかったのもあるが、王に様子を見てくるよう頼まれてな」
「そうだったのか……。でも、連絡ぐらいしてくれたら良かったのに」
「急遽決まったことだからな。すまん」
「いや……とにかく、会えて嬉しかったよ。で、その……」
「何だ?セシル」
「手……離してくれないか」
 カインの両手が、セシルの手をカメラごと包み込んでいる。セシルが俯き気味に、小声で照れ臭そうにそう言うと、カインはああ、と納得した顔で頷いた。言われた通り手を離すと、すぐさまセシルの肩を強く掴んだ。反射的に逃げ腰になった体を捕らえ、素早く口付ける。セシルの手から再びカメラが抜け落ちた。音を立てて床に転がる。その音に一瞬の気を取られ、セシルはカインによってベッドに体を押さえ付けられていた。二人分の重みで沈み込んだシーツが無数の皺を作っていく。ああ、せっかく替えたばかりなのに――頭の隅で呑気なことを考えていると、カインの手が制服のベルトを外し始めた。
「ちょっと待ってよ!何するんだ!」
「分かってるだろ」
 ベルトを抜き去り、上着のボタンに手を掛けるカインを見てセシルは暴れた。冗談じゃない、こんな場所で、こんな時に、こんなこと――!
 しかしSeeDの制服は如何せん複雑な構造をしているため、幸いというべきか脱がせることに随分苦心しているようだった。そんなカインの肩を押さえ付け、自分から離れるようセシルは叫んだ。親友のぞんざいな態度に苛立ったカインは、退いてと喚く彼の口を強引に塞いだ。不意打ちのキスに動転し必死に頭を引き剥がそうとセシルが躍起になる隙をつき、途中まで脱がしていた制服を一気に胸元までたくしあげた。滑らかな陶器のような肌に触れ、久しぶりの感触に体中が熱くなるのをカインは感じた。
「やめろカイン!嫌だって!」
「フッ。そうやって焦らすところも変わらんな」
「カイン!」
 抗うセシルの声を無視し、カインは行為を止めようとはしなかった。肌の感触を楽しむように胸元を撫で回し、やがて指が小さな突起にたどり着くと不規則な動きで擽る。敏感な場所を攻められセシルが思わず素っ頓狂な声を上げた時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「セシル?いるのか?」
「まっ……フリオニールっ……!」
 がちゃりと扉が開く音がする。セシルの戻りが遅いことを心配したフリオニールが、彼を探しに部屋に来たのだ。予期せぬ来訪者に驚き、二人は入り口の方を凝視した。フリオニールが呆然とした顔で、棒立ちになっていた。
「……えっ?セシル……えっと……あの……何して……」
 カインの手が胸元に乗ったままだったことに気付き、セシルは慌ててカインの体を押し返すとベッドから飛び降りた。はだけた制服を直しながら、赤らんだ顔でまくし立てるように言う。
「あ、あの、この人はカインっていうんだ!バロンからの留学生で、僕の幼なじみなんだ。それで、昔はよく取っ組み合いしてたから、ちょっと再現を……してて……」
 我ながら何て下手な嘘なんだろうと、セシルは自らの機転の無さにうんざりした。縋るような目でフリオニールを見つめ、彼の反応を待つ。まるで最後の審判を待つ罪人のような心境だ。
「……あ、ああ!そうだったのか。なんか悪いな、邪魔しちゃったみたいで……」
「そっそんなことないよ!えっと、それで……フリオニールは何でここに?」
「いや……カメラを取りに戻っただけなのに、なかなか戻ってこないからどうしたんだろうって思って」
「そうか、そうだよね!ごめんねフリオニール!あ、そうだカメラ……カメラは……」
 自分の嘘を信じてくれたらしいフリオニールの顔をまともに見られず、セシルは彼の視線から逃げるように腰を屈めて、床に落ちているであろうカメラを探した。フリオニールが部屋に来てからずっと心臓が早鐘を打っており、手は小刻みに震えている。ちょうど、ベッドに腰掛けているカインの足元にカメラが転がっているのを見つけ、こうなった原因を作った彼の足をやや乱暴に払いのけそれを拾う。カインの小さな悲鳴を無視し、セシルはフリオニールの元に駆け寄った。
「はい、カメラ。あの、その、僕はもう少しカインと話したいことがあるから……先に行っててくれる?」
「ああ、分かった。他のやつにもそう伝えとくよ」
「ありがとう。……ごめんね、フリオニール」
 大切な仲間に嘘をつき、更には無理やり追い出すような形になってしまい心が痛んだ。深く嘆息し、セシルはきびすを返すと恨めしげにカインを睨んだ。当の本人は何事もなかったように涼しい顔で、悠々ベッドに腰掛けているのが一層腹立たしい。
 さて、と呟きカインは立ち上がると、セシルの手首を掴んで部屋の外に出た。先ほどのようにいつ邪魔者が来るかも知れないセシルの部屋より、自分の部屋の方が安全だと判断したからだった。セシルは必死に抗議したが、そもそもカインがセシルの言うことを素直に聞き入れたことなど一度もない。寮の南エリアのアーチをくぐり、名前の書かれたプレートが貼られていないドアの前にたどり着いた。
「カイン、本当に僕は」
「――心から嫌だと思うなら、入って来なくて構わん。俺を置いてさっさと仲間の所に行けばいい」
「……狡いだろ、そんな言い方……」
 カインはシニカルに笑い、セシルの肩を抱き寄せ部屋の中に入って行った。



*** 



 人一人いない、水を打ったような静けさ。寮を出て、パーティー会場のある大ホールに繋がる廊下を、フリオニールは足早に歩いていた。頭の中が混乱している。先ほどのアレは一体何だったのか。セシルは取っ組み合いだと言っていたが、どう見てもアレは……アレではないのか。そう、まさに今日の昼間、フリオニールとセシルが劇中で演じたアレである。
 いや、まさかな――。フリオニールは首を振った。そんな筈はない、生真面目で大人しい優等生のセシルに限ってまさか。
 きっと自分の見たアレは、彼の言う通り取っ組み合いだったのだろう。仲の良い男同士ではよくある光景だ。対象年齢が違う気もするがセシルによると二人は幼なじみらしいので、再会が引き金となり子供心が蘇って、じゃれ合ってしまったのだと考えれば納得がいく。そうだ、そうに違いない。変な妄想をするのはよせフリオニール。彼らにも失礼だ。
 フリオニールは先ほどセシルから手渡されたカメラを見つめた。すでに電源は入っているようだ。中に入っている写真はつい最近撮られたものばかりだった。食堂のパンでのどを詰まらせかけたティーダとそれを見て笑っているバッツ、チョコボの着ぐるみに包まれ不機嫌そうな顔のクラウド、教室の机ですやすや眠るスコール、モーグリのティナと忍者の格好をしたオニオンとのツーショット。持ち主のセシルが映った写真は殆どなく、SeeDの仲間達が主な被写体のようだった。
 しかし一枚だけ、セシルが大きく映った写真が入っていた。アリシアの格好をしたセシルと、オルステッドの格好をしたライト、そしてストレイボウの格好をしたフリオニールが三人並んで映っている。確か、衣装合わせの時、美術係に見せる為にジタンが撮影したものだ。本番のように化粧はしていなかったが、やはりセシルはドレスがよく似合っている。
「まさか……な」
 写真の中のセシルを見つめ、自分に言い聞かせるようにフリオニールは呟いた。
 会場に戻ると、ティーダが元気よく手を振りフリオニールの元に駆け寄った。一緒にいると思われていたセシルの姿がないことを疑問に感じ、あれ?ときょろきょろ周りを見渡しながら、
「あっれ?セシルは?」
「セシルはまだ来ないと思う。あいつの幼なじみが……ガーデンに来てて」
「マジッスか!幼なじみか〜やるなあセシル。あ、可愛かった?」
「はあ!?」
 誰の入れ知恵か、はたまた漫画の読みすぎか、ティーダの中では“幼なじみ=可愛い女の子=彼女”の図式があるらしかった。セシルの幼なじみが当然のように女の子だと思い込んだ彼は、遠くにいた仲間達を呼び寄せると「びっくりッス!あのセシルに彼女がいたらしいッス!」と間違った情報を流布し始めた。それを聞いたジタンが感心したように頭の後ろで両手を組み、言った。
「なるほどな!セシルに浮いた噂の一つもない理由はそれだったのか。女の子にセシル君は美形過ぎて近寄りがたいとか言われてたからちょっと心配してたんだけど、無駄な気遣いだったんだな〜」
「ふーん……幼なじみが恋人ってベタだなあ。まあセシルらしいけど」
「たま、羨ましいのか?大丈夫、お前もそのうち出来るって!」
「だからたまって言わないでよ!それに、別に羨ましくなんか……」
「へえ、セシルには付き合ってる人がいるのね。どんな感じなのかしら」
 間違った方向に話がどんどん大きくなる。セシルの恋人?付き合ってる?違う、そんなんじゃ――
「……違う!男だよ!それに、ただの幼なじみだ!」
 たまらず、フリオニールは大きな声で叫んでいた。苛立ちの混じった口調が怒鳴っているように聞こえたのか、周囲にいたSeeDだけではなく多数の生徒がこちらを振り向き、注目した。
 しまった……わざわざ叫ぶような内容じゃなかった。自己嫌悪に陥り、フリオニールは俯いた。一連の行動に慌てたティーダが、伺うように彼の顔を覗き込む。
「あ〜その、ごめんな。勘違いしちゃって俺……」
「いや、いいんだ。叫んで悪かったな」
「あのさあ。フリオニール、何か怒ってる?」
「べっ、別に怒ってなんか……」
「そっか。ならいいけどさ」
 ティーダにはそう言ったが、フリオニール自身、自分の気持ちがよく分からなかった。言いようのない焦燥感が広がり気分がざわつく。今まで経験したことのないこの感情は一体何なのだろうか。
 上の空のまま、セシルが会場に戻ってくるのをフリオニールはひたすら待った。


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