おんなのこ


 バラムガーデンの中庭には、ダイエット中の女子にはさぞや目の毒であろうアレクサンドリア地方で名を馳せる人気パティシエプロデュースのケーキ屋が存在する。支店とはいえ本店と商品のラインナップに大差はなく、バラムガーデン店オリジナルのケーキまで存在する。中でもスウィーツ女子(と、一部の隠れスウィーツ男子。得てして男性という生き物は、スウィーツ好きを公言したがらない傾向にある)に絶大な支持を誇るのは、人気ナンバーワンの“オペラ”である。もはや世のケーキ屋のラインナップの定番であるオペラだが、この店のオペラは一味も二味も違う。
「噛んだ瞬間のじゅわっと感がハンパないの!」
 人気の秘密は、とある一人の女子生徒が興奮気味に言ったこの一言に集約される。どっしりとした生地によく溶け込んだふわりと香るコーヒーリキュールの上品な風味が、一切れ口に含み、歯でそっと押した瞬間、じゅわっと口いっぱいに広がり彼女達(と、一部の彼達)を幸せの絶頂へと導くらしい。
 彼女もまた、じゅわっと感に魅了された一人だった。彼女――ティナ・ブランフォードは長蛇の列が出来ているケーキ屋の前を通り過ぎ、ため息をこぼした。本来なら自分は今頃、あの列のかなり前方に居た筈だった。それが、先程の授業が半時間も長引いた影響で、完全に出遅れてしまったのだ。オペラは週に2回しか販売されない。表立った理由は「アレクサンドリア産コーヒーリキュールは大変生産量が少なく、やむを得ず週2回の限定販売という形を取っている」ということになっているが、人は限定という言葉にひどく弱い。実のところ、アレクサンドリアでは様々なコーヒーリキュールが競うように発売されているし(近隣に、ダリというコーヒー豆の産地があるのだ)、質が良いものを厳選したとしても、決して希少の物ではなかった。消費者心理を巧みに操る商売上手な店長が、顔を緩めて長蛇の列を手際よく整理している。あれならかなりの客を捌けそうだ。それでも、今から並んだところで次の授業には間に合わない。昼休みはあと10分で終わりなのだ。後ろ髪を引かれる思いで、
ティナはその場を後にした。




***




「それで結局、買えなかったの。食べたかったな……オペラ」
「それは災難だったな。俺なら適当なヤツ見つけて、知り合いって顔して列に紛れ込んじゃうぜ」
「そんなことすんのはお前だけだよ、バッツ。ティナ、安心しろ!次は俺がダッシュで列に並んでやるからな!授業が長引いたらトンズラだ!」
「ありがとう、ジタン。楽しみにしてる」
 夕食時、SeeD達は自然と同じテーブルに集まることが多かった。それは決まって食堂の最奥のテラスで、6人用の丸テーブルを2つ、11人で使っていた。ティナの話はいつも唐突に始まる。つい先程も、皆が月末の旅行(名目は課外学習だが、平たく言えば長期休暇である。しかしガーデンの校則により、纏まった休みを取る場合は必ず学園外に出るという決まりがあった。SeeDは多忙で、給料を使う機会があまりないため、年に二度の課外学習では皆で他国旅行するという隠れたしきたりが存在している)についてあれやこれやと話し合う最中に、突然ぼそりと「オペラ……」と呟いたのだった。マイペースな彼女らしいが、ちょうど何処に行こうかを話し合っている所だったため、そこにいたほぼ全員が彼女の言葉の意味を勘違いした。へえ、ティナってオペラに興味あるんだな――。
「オペラか、いいかもね。バロンにはオペラ座なんてなかったし」
「ぼくはティナが行きたい場所ならどこだって行くから。早速あとでオペラがある地方を探してみるよ!」
「オペラねえ。いち劇団員としても興味あるしな、オッケー」
 全員が頷き、反論者はいなかった。というより、皆が愛する貴重な紅一点の提案を誰が却下できるものか。そんな野暮に、SeeDをやる資格はない!
「オペラっていったらマリアとドラクェのなんたらって演目が有名だよな」
「ドラクゥだろ、バッツ。それよりティナ、特に見たい演目はあるのかい?」
 ジタンの問い掛けに、ティナは小さな口をぽかんと開き、可愛らしく小首を傾げた。
「え、えんもく?何のおはなし……?」
「だから、オペラの演目のことさ。ティナ、オペラに行きたいんだろ?」
「ううん、わたしが行きたいのは中庭のケーキ屋さん。オペラがね、とても美味しいの」
 そう言い幸せそうに微笑むティナの傍ら、男子諸君は不整合な会話に混乱をきたしていた。
 ティナ、オペラに行きたいんじゃなかったのか?ケーキ屋とオペラにどんな関係が?というより、オペラが美味しいってどういう意味だ?オペラっていつから食べ物にジョブチェンジしたんだ?
 脳内でオペラのじゅわっと感を思い浮かべ周りに花を飛ばすティナと、訳が分からずクエスチョンマークを頭上に飛ばす彼ら。そんな中、唯だ1人、ティナが言うオペラの意味を瞬時に理解した男がいた。
「……ちょっといいか」
 貫禄のありすぎる渋い声で、本日初めてセシル以外の人間に自ら口を開いたカイン・ハイウィンド。彼もまた無類の隠れスウィーツ男子であり、オペラと聞けばまずケーキの方が浮かぶので、ティナの言いたいことはすぐに分かった。コーヒーは未だに苦手だが、コーヒー味のスウィーツは大好物だ。オペラは定番ながら店によって食感も風味も異なるため、食べ比べ甲斐がある。余談だがカインの最も好むオペラはバロン城下町の西部、古びた教会を改装したケーキ屋にある。買う姿を知り合いに見られるのを怖れた彼は、頭にターバンを巻き水色のボロボロの布を適当に縫い合わせた服を着て、まるではぐれ者の如く変装をした上で、足繁くそのケーキ屋に通っていた。
 そんな生粋のスウィーツ男子は、躊躇いがちに、しかし確信を持って言った。
「ティナの言うオペラとやらは、おそらくケーキの種類のことだろう。お前達が想像している歌劇の方じゃない」
「ケーキの種類!?そうなの、ティナ」
 オニオンに問われ、ティナが頷く。彼女の首肯で、もつれていた会話の糸がきれいに解けた。未だオペラというケーキの実像は未知のままだが、とりあえずは一件落着。解決のきっかけはカインの推理によるもので、セシルが感心したように隣に座るカインの方を振り向き、
「すごいやカイン。さすが昔から甘いものに目が」
 最後まで言い切る前に、すかさずカインの手が伸びセシルの口をぐっと塞いだ。決して恥じる嗜好ではないと頭では理解しているが、あまり公にはされたくない。セシルにだけ聞こえる声で、カインは小さく囁いた。それ以上何も言うな――。





***



 気配が、する。もしかして、誰かにつけられている?
 こちらが一歩進めば、後ろの気配もまた一歩進んだような気がした。背後に感じる不気味な気配は段々と色濃くなり、ティナは息を飲んだ。心臓がどきどきと脈打ち、足が震える。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう!お願い、誰か助けて!
 いつの間にか、気配は更に自分の側に迫っていた。恐怖のあまり、もはや身体を動かすことが出来なかった。
「……おい、待て」
 低い声が頭上から降り懸かり、ほぼ同時に肩を後ろから掴まれた。ティナはきゃああああと悲鳴を上げ、最後の勇気を振り絞って硬直した身体をがむしゃらに動かした。
「来ないで!」
 辺り一面に激しい雷鳴が轟く。天と地の間で起こる放電現象はバチバチと音を立て、背後にいた人物を打ちのめした。
「ぐうっ……」
 うめき声と共に、床に崩れ落ちる音がする。ティナは恐る恐る振り返り、視線をそっと下にやった。そこには片膝をつき、肩を抑えてうなだれるカインが、いた。
「カイン!?えっ、あ、あのっ……わたし、ごめんなさい!てっきり、その、えっと、へんしつしゃかと……」
「……いや……構わん」
 あわてふためくティナに手を引かれ、カインは徐に起き上がった。まだ全身が痛むのか、苦痛に歪んだ表情が張り付いたままだ。


 ガーデンの校則により、訓練所以外での校舎内での魔法の使用は固く禁止されている。ティナの決死のサンダラはもちろん周囲にも気付かれていたようで、口うるさい講師がこちらに猛突進してくるのが視界に入った。カインはチッと舌打ちし、痛みをこらえてティナの身体を軽々と持ち上げ脇に抱えた。講師の姿を目端に捉え、彼は2階の吹きぬけにジャンプした。着地したすぐ側では男子生徒数人がしゃがみ込んでいかがわしい本を開いていたが、突然現れた謎の男に抱えられた可憐な少女の姿を見るやいなやそれを片付け、逃げるようにしてその場を立ち去っていった。
 カインはティナを降ろすと、いつもするように両腕を組んで壁にもたれた。時折何かを言いたそうにティナの顔を盗み見るが、すぐに視線を逸らしてしまう。年下の女の子に変質者と勘違いされ些か傷付いた彼は、ティナに話し掛けることを躊躇っていた。
「カイン……?どうしたの?」
 何も喋らないカインの顔を覗き込み、ティナが言う。自分が躊躇している間に相手から会話のきっかけを与えられ、カインは漸く口を開いた。
「……オペラのことだ。聞きたいことがあってな」
 オペラとはもちろん、ケーキの方だ。夕食時、ティナが独り言のように何度も何度も呟いていた“じゅわっと感”が気になって仕方ないのだ。極度のスウィーツ好きとしては是非ともそのオペラを食したかった。
 彼女の話を統合するに、ガーデン内にあるというケーキ屋(ちなみに先日、セシルにガーデンを案内してもらったがケーキ屋があるなんて一言も言われなかった。あいつ、一番大事な場所を紹介しないで、どうでもいいカード販売課やら占い師見習いが出没する場所やらチョコボ飼育場やら連れ回しやがって)は非常に人気で、特に一番人気のオペラは長蛇の列を作ってまで買いに来る客が殺到するため、オペラが欲しい時はかなり早い時間から、それこそコレル地方にあるゴールドソーサーの人気アトラクションに並ぶ覚悟で行かなければ、じゅわっと感という至上の幸福は得られない――らしい。
「オペラ、好きなの?」
「……いや、知り合いが」
「そっか、カインもオペラが好きなのね!嬉しいな、同じものを好きなお友達ができて」
「違う、俺は別に」
「カインはこの学園に来たばかりなのよね。ガーデンにあるケーキ屋さんのオペラは食べた?わたし、初めて食べた時ね、あまりに美味しくて泣いてしまったの。あんなに素敵な食べ物があったなんて今まで知らなかったから。ねえ、今度一緒に買いに行こう?わたし、案内するから」
 人は自分にとって都合の悪いことを尋ねる時、しばしば“知り合いの話なんだけど”という常套句を使う。名無しの知り合いが無類のオペラ好きで、今度そいつに奢ってやろうと思うんだが、ガーデンにあるというケーキ屋の場所を教えてくれないか。カインが考えていた台詞は外界に飛び立つことなく、彼の中で昇華された。聞き逃すところだったが、ティナが最後に言った言葉を頭の中で反芻する。案内するから、だと。それは願ってもいない展開だった。まさか彼女の方からその台詞を言ってくれるとは思わなかった。
「……いいだろう。暇なら、な」
「わあ、ほんと?来週が楽しみね!」
 当初の予定とはやや違う結果になったものの(後ほど“オペラ好きのカイン”という彼女の認識は正さなければならないが)目的は果たせた。心の中でガッツポーズを決めたカインは気障なポーズを取り、じゃあなと一言告げ踵を返した。
「あっ待って、カイン。お願いがあるんだけど……」
 ティナにそう呼び止められ、カインは歩を止めた。振り返れば彼女は両手を合わせ、上目遣いにカインをじっと見つめている。そんな風に見つめられたら、お願いとやらを聞いてやらない訳にはいかない。ため息を一つつき、言ってみろと促すとティナの顔が一気にぱあと華やいだ。その様を見ているうち、不意に思った。ティナとセシルには、共通点がある――。
 もちろん体格はまるで違うし、そもそも性別が異なる。確かにセシルは顔だけを切り取れば綺麗な女で通じるような中性的な顔立ち(それだけは断言できる。なぜなら、自分自身が彼を女の子だと勘違いして恋にまで落ちたのだから)だが、ティナは女の子らしい柔らかい顔立ちだし、目もセシルと違ってまんまるだ。敢えて共通点を指摘するとすれば、二人が緩い天然パーマという点ぐらいか。それでも総合的には、外見が似ているとはとても言えない。
 似ているのはむしろ、二人の醸し出すオーラや仕種なのだろう。決して主張的ではなく、見る人をほっとさせるような優しい微笑みを浮かべ、心地好い澄んだ声でおっとりと語る。彼らがしばしば見せる小首を傾げる仕種(セシルの方はセシルの角度とバッツが密かに名付けたらしい。ティナは女の子だし、小首を傾げる仕種は大半の女性の標準装備でもあるから、敢えて命名はしなかったそうだ)も、砂糖菓子のような甘ったるい口調もよく似ている。バロンにいた頃のセシルはもっとやんちゃで、口調も今とは少し違っていたように思うが、周囲を取り巻く環境が変われば人は変わる。
「カイン?どうしたの……?」
「あ、ああすまん。それより、願いとは何だ?」
「あのね……さっきの、もう一回やって欲しいの」
「さっきの?」
「わたしを抱えてジャンプしたでしょ。すっごく高く飛び上がったからビックリしちゃって。でも、すごく楽しかったの。まるで鳥になったみたいで。だめかな……?」
 カインはもう一度嘆息し、まるで子供のようなお願いを真剣にするティナに向かって手を差し出した。
「危ないから、しっかり捕まっておけ」





***




「最近、ティナと仲良いね。二人は恋人なの?」
 親友が発した不意打ちの言葉に、カインは飲んでいたオレンジジュースを吹き出し掛けた。咳込みながら呼吸を整え、隣に座るセシルを見遣る。一体何を言い出すのだ、この鈍感は。
「何を言ってる。そんなことがある筈なかろう」
「でも、ジタンが残念そうに言ってたよ、カインがティナを抱っこしてぴょんぴょん飛んで空中デートしてたって」
「……あれは、最近ティナがしてくれと頻繁に頼んでくるからやってるだけだ。お前だって、あの子に懇願されれば断れんだろう」
「そうなの?じゃあ恋人ではないんだね」
「ああ。そんなことはない」
 先日のジャンプ以来、味を占めたらしい彼女はしばしばカインの元に駆け寄り、件の可愛らしい仕種で“お願い”してくる。

 ねえカイン、ジャンプして……?

 ティナの頼みを断るわけにもいかないし、すごい、すごいと自身のジャンプを絶賛されて気分を害する竜騎士などこの世にいない。請われるままジャンプするうち、いつの間にか彼女に随分懐かれていたようだった。もちろん可憐な少女に懐かれて悪い気はしないし、ジャンプの際の密着状態に下心が一切芽生えないとは言い難い。しかし、これだけは断言できる。決して彼女に恋心は抱いていない。自分が好きなのは、自分が欲しいのは、セシル唯だ一人だからだ。
 ティナとのことを説明しながら、カインは一つの可能性を見出していた。わざわざ彼女との関係について尋ねてきたセシルは、まさか、もしや、嫉妬しているのではないだろうか?今まで全く意識していなかったが、第三者の影を感じて初めて気付いた恋心。幼なじみによくあるパターンだ。
「セシル、もしかしてお前妬い」
「カインとティナならお似合いだと思うんだけどなあ。ティナは可愛いし優しいし、でもおっちょこちょいだからしっかりしたお前が上手く引っ張って……」
 セシルの勝手な“カイン×ティナ”語りを聞いた瞬間、彼が嫉妬しているという可能性は虚しく空中に霧散した。なまじ期待してしまったぶん落胆も大きく、更に追い撃ちを掛けるかのように自分とティナが如何にお似合いかを説くセシル。
 ……こいつは先日の喧嘩の理由をもう忘れてしまったのか。この期に及んでこの仕打ち、悪気はないのだろうが(わざとだったら最低だ!)、空気が読めないにも程がある。
 呑気な親友に無性に腹が立ってきた。カインはセシルの手首を掴み、もう片方の手で顎を掴んだ。その余計なことばかり喋る口を塞いでやろう。薄く開かれた桜色の唇に、自分のそれをそっと重ねた――かった。
「やめろ!何するんだ!」
 怪力のセシルに突き飛ばされ、危うくベンチからひっくり返るところだった。拒否されたことでますます腹の虫が暴れだし、意地でもキスの一つはしないと収まりがつきそうにない。カインはセシルの後頭部に手を回し、すかさず顔を近付けた。しかし彼がそれに果敢にも応戦し、唇を奪うことが中々出来ない。
「いいから、大人しくしろ!」
「いやだ!何で急にこんなこと!」
 畜生、このままでは埒があかない。セシルに僅かでもその気がない状態での力技は、戦うか庇うことしかない脳筋には通用しない。痺れを切らしたカインは、とうとう最後の手段に打って出ることにした。それは世界でたった一人自分だけが知っている(であろう)セシルの極端に弱い場所、もとい性感帯だった。右の耳たぶの裏側から後頭部に向かって2センチほどの一帯。そこを指で擽ってやると、先程までの抵抗が嘘のように大人しくなり、セシルの顔が途端にかああと紅潮した。……その様を見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「カイン……そこは、やめろ」
 首を振り、口では抗う意を示す。しかし力が抜け落ちた身体はもはや彼自身支え切れずにいるらしく、半分こちらに身を預けた体勢をとっていた。
「やめんさ。お前が謝るまでな」
 セシルの態度に気が大きくなったカインは、彼の耳元に口を寄せ挑発的に言った。さて、これからどうしてやろうか。
 禁断の性感帯の存在に気付いたのはセシルとあんなことこんなことをするようになってから数年後のこと、戯れ合う中でその場所にたまたま指が触れた瞬間、彼が聞いたこともないような甲高い声で鳴いたのがきっかけだった。しかしそこに触れてしまえばセシルはたちまち全身から力が抜け落ちてしまうらしく、以降は触れないように気をつけてきたのだが、まさかこんな使い方が出来るとは思わなかった。悪知恵が一つ増えた。
 カインはセシルの頬を撫で、後頭部を引きよせた。とろんとした瞳で不安げに見上げてくる様がたまらなかった。部屋ならともかく公衆のベンチで押し倒すわけにはいかないが、歯止めが利かなくなりそうだ。
「カイン……なに、を、する気なんだ……」
「分かってるだろう。お前が嫌がることさ」
「だめだ、お願い……謝るから……」
 何が悪かったのか、どうせ分かっていないくせによく言う。上辺だけの謝罪なんて欲しくない。今欲しいのは、お前のその桜色の唇だ。性感帯を指の腹で弄りつつ、カインは顔を近づけた。逃ようがないと悟ったのか、セシルも抗う声さえ出さなくなった。もはや二人を隔てるものは何もなかった。そのはずだった。
 しかし唇が触れる直前、不意に背後で物音がした。いや違う、物音ではない。何か、生き物が鳴く声だ。
「あっこら!ボココ!うるさいぞ!」
 続けて、聞きなれた声がする。セシルに迫る体勢のままカインは顔だけを振り返らせた。自販機の横、蹲踞の体勢で小さな雛チョコボを抱えたバッツと目が合う。その瞬間、ずっと触れていたセシルの性感帯から無意識のうちに手が離れた。
「よお!ジャマしちゃって、ごめんな!」
 よっこらセックス、と古典的な掛け声と共に立ち上がり、バッツは陽気に二人に向かって手を挙げた。クエッと鳴いたボココという雛チョコボを肩に乗せ、硬直した彼らのそばに駆け寄る。カインの横に豪快に腰かけ、肩に手を置くと丸い目を輝かせて二人に尋ねた。
「なあなあ、お前らどっちがタチ?ネコ?」



 災難としか、言いようがなかった。第三者に目撃されたことで混乱したセシルはあの場から一目散に逃げ出し、バッツはそれでも興味深げにタチかネコかと聞いてくる(いっそタチだと開き直って言ってしまいたかったが、下手したらセシルに一生口を聞いてもらえないかもしれなくなるのでやめておいた)。あんなに存在感のある奴が、なぜあの時に限って気配を完全に消していたのだ。いやあ偶然通りかかってさあ、などと彼は言っていたが、口から出まかせをいったようにしか思えなかった。大方バッツのことだ、忍者に気配を消す技でも教わったのだろう。本当に、油断も隙もない。
 もうすぐ就寝の時間だが、今ならまだセシルの部屋を訪ねる余裕ぐらいはありそうだ。フリオニールという邪魔者がネックだが事は急いだほうがいい。今日のことはセシルも悪いが自分にも落ち度はある。そのことだけは、彼にちゃんと伝えなくては。カインはセシルの部屋に向かうべく、学生寮に最も近いエレベーターホールに向かった。ボタンを押し、エレベーターが降りてくるのをじっと待つ。
「あら、カイン」
 ぎくりとした。カインの姿を見つけたティナが、小股で駆け寄る。エレベーターは今2階分上にいる。早く、早く降りてこい!いつものアレを頼まれる前に!とうとうエレベーターが上の階まで降りてきた時、甘えた口調でティナがカインを見上げて言った。
「ねえカイン、ジャンプして……?」
 もじもじと上目づかいに見上げる彼女と、エレベーターを交互に見る。葛藤に葛藤を重ね、やがて目の前のドアが開いた時、カインはティナに向かって手を差し出した。
「危ないから、しっかり捕まっておけ……」







※オペラは、コーヒー風味が入ってるものが個人的に好きです。





戻る

アクセス解析写真素材集 ブログMIX WEBStep Blog
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送