温度差


 今日は一年に一度の健康診断の日だ。身長測定器の列に並んだジタンが深刻な溜め息をついた。周りの面々と違い、成長期の直前であるオニオンを除けば、自分だけが160センチ台なのを彼は密かに気にしていた。男は身長よりハートで勝負――確かにその通りだ、持論でもある。しかし、仮に神様からあと10センチ身長を伸びる権利を与えてやろうと言われてそれを放棄する男がいるだろうか。女性がより美しくなりたいと際限なき欲求を抱くように、男の大半は背が高いに越したことはないと思っている。そういうものだ。
 ジタンの前にはフリオニールが並んでいた。彼はSeeDの中でも高身長の部類に入る。様々な種類の武器を自在に扱う為に作り上げられた筋骨隆々とした逞しい肉体を見上げ、自分の細い二の腕と見比べてみる。一つ一つが重たい攻撃のフリオニールと、身軽な俊敏さを武器に相手を翻弄しながら戦うジタンとでは全く戦闘スタイルが異なるので、互いに鍛える場所が違うのも当然だ。しかし、この日だけはどうしても、複雑な感情を抱かずにはいられない。
 フリオニールにはその手の悩みなんてないんだろうな――そんなことを思いながら、ジタンは彼が測定器に乗るのを見守った。
「177,6だな」
 ゴルベーザの渋い声が、表示された数字を読み上げる。結果の書かれたプリントを手渡され、測定器から下り、こちらに振り返ったフリオニールの顔は予想外にも落胆の表情を浮かべていた。その数字で何を落ち込むことがあるのだろう。ジタンがとぼとぼ歩くフリオニールを目で追っていると、早く測定器に上がるようゴルベーザに急かされた。
「ほう、177,6か……」
 ゴルベーザに追随した渋い声が耳に入る。声の方を見やれば、すでに測定を終えたカインが、フリオニールのプリントを覗き込んで勝ち誇った顔をしていた。
「ちなみに俺は183だった。まあどうでもいいことだが」
 カインはそれだけ言うと、皆の測定結果をパソコンに打ち込むセシルの方に向かっていった。フリオニールは悔しそうにしている。
 なる程、あいつカインより背が低かったから落ち込んでたのか。こっちの気も知らずハイレベルな争いしやがって――!
 ちぇっと舌打ちしたジタンに、ゴルベーザの無情な一言が告げられた。
「ジタン165。うーむ、もう少し伸びると良いのだが……」



***



「フリオニールとずいぶん仲良くなったんだね」
 セシルはキーボードを叩き、データを打ち込みながら側に立つカインに話し掛けた。
「別にそういうわけじゃない」
「何でだよ、いいじゃないか。安心した」
 カインがばつの悪そうに顔をしかめる。やがてセシルの隣に座り、周囲には聞こえない程度の声量で言った。
「……あいつ、親父の知り合いだった」
「えっ、リチャードさんの?」
「ああ。バロンを出た後の親父の足取りも分かった」
 カインは先日フリオニールと交わした話の内容をセシルに話した。それを聞き、セシルはカインの流した涙を思い出した。
 バロンを出た一年後、遺体となって戻ってきたリチャードを目の当たりにしたカインはその場に泣き崩れた。冷たくなった体を強く抱きしめ、何時までもそうしていた。何があっても動じなかったカインが唯一見せた涙だった。リチャードの火葬が済み、彼の形見となった竜の鎧を何日も取り憑かれたように磨くカインに、セシルは掛ける言葉が見つからなかった。しかしその場から立ち去ろうとしたセシルにカインは言った。何も言わなくていいから、ただ側にいてほしい――。
 以前、フリオニールから命の恩人の話は聞いていた。だがその人が自分の知るリチャードだとは思わなかった。彼は恩人を、つまりリチャードを心から尊敬していると言っていた。他人と関わろうとしないカインがフリオニールに心を開いた理由が分かった気がした。
 不意に、カインの手が肩に置かれた。その手つきに含みを感じセシルは体を固くし、学園祭の夜のことが思い返され反射的に顔が赤らむ。
「おいセシル、そこ打ち間違えてるぜ。ジタンの身長が16,5センチになってる」
「あっ……本当だ」
 そう指摘され、慌ててカンマを削除する。肩から伝わるカインの体温が何とも居心地が悪く、気恥ずかしい気分が一層高まる。
 二年前ならこんな気分にはならなかった。バロンにいた頃、ゴルベーザが出ていってから、セシルにとってカインが世界の全てだったからだ。しかしガーデンに来て、新しい仲間達と出会い色々な経験を経てからセシルは変わった。外界の様々な刺激が、他人に依存するだけだったセシルを大きく成長させたのだった。
 昔を思い出し、セシルはますます赤面した。場所をわきまえず何処構わずに抱き合いキスを交わしたこと、宿屋や家に向かう時間さえ惜しいと近くの草むらで真っ昼間から肌を重ね合ったこと、鏡の前で自分達の行為を見ながら繋がった時のこと。思い出せば思い出すほど恥ずかしい記憶ばかりで、頭の中が破裂しそうだ。思わず大声を張り上げそうになった。
 先日の行為にしてもそうだ。人の制止も聞かず何度も何度も――。カインと再会できたことは心から喜ばしいが、自分達の関係は二年前とは違うのだ。そのことをどう伝えたらいいのか分からず、セシルは悩んだ。アレは、気持ちいいからという理由だけで、安易にやっていい行為ではなかったのだ。バロンを出てそのことに初めて気付いた。



***



 ガーデンでは夕食から就寝までの間は自由時間となっている。セシルはカインの部屋がある寮の南ブロックに向かっていた。健康診断が終わった後、カインが夜に自分の部屋に来るよう耳打ちしたのもあるが、こちらも2人きりで話さなければならない用事がある。
 カインの部屋の前に着いた。ドアをノックし、セシルが名乗ると程なくして扉は開いた。中から現れたカインは珍しく髪の毛を下ろしていた。重力に従順な長い金色の髪は、ほんの少し動くだけでさらりと揺れる。中に入るよう促され、セシルは一瞬の躊躇いの後に部屋に足を踏み入れた。カインにどう切り出そう、そればかり考えながら寝室のドアを開く。入るなり背後にいたカインが体を抱き寄せてきたので、ゆっくり体を捻りやんわりと拒否しながらセシルは言った。
「カイン。もうこういうのは、やめないか?」
「……セシル?」
「カインもガーデンに長くいれば分かると思う。こういうことは……恋人同士がする行為なんだ」
「セシルお前、何言ってるんだよ」
「だから、気持ちいいからって理由だけで誰とでもするような行為じゃないってことだよ。カインだって好きな子ぐらいいるんだろ?だから……その女の子といくらでも……というか……うん……沢山すればいいと思うんだ」
 腰にあったカインの手を剥がしながら、途切れ途切れに気持ちを伝える。頭の良いカインのことだ、すぐに理解し分かってくれるに違いない――楽観的な思考を巡らせながら、セシルは自分より高い位置にあるカインの顔を振り仰いだ。しかし目が合った瞬間、思わず体が硬直した。
 抑えきれない怒りと、今にも泣き出しそうな深い悲しみが綯い交ぜになったカインの表情。何故そのような顔をするのか、セシルには分からなかった。
「セシル。お前、今までそんなつもりで俺に抱かれてたのか」
「えっ?」
「今までそんなつもりで俺がお前を抱いてると思ってたのか」
「あの、カイン?一体何のこ――」
 言った瞬間、カインの握られた拳がすぐ右の壁を強く叩いた。あまりに突然の行動にセシルはおののき、そんなにも彼の怒りの琴線を刺激するような内容だったのだろうかと考えながら、拳を壁に押し付け俯き、肩を静かに震わせるカインに恐る恐る話し掛けた。
「カイン、えっと、僕……」
「もういい。今日は帰ってくれ」
「……分かった」
 今は何を言っても益々カインを怒らせてしまうだけのような気がして、セシルは素直に従った。カインの横をすり抜け玄関に向かう。開鍵し、扉を少し開けた所で一度だけ後ろを振り返った。
 カインの長い髪は、少しも揺れ動くことはなかった。




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