兄弟ってやつは



 1ギルに笑う者は1ギルに泣く。仲間内でも守銭奴と名高いフリオニールの持論だった。彼の徹底した節約志向はその境遇に起因する。フリオニールの出身であるフィン王国は戦争が絶えない土地だった。度重なる戦によって深刻な食糧難に陥り、元々フィン一帯は乾燥地帯で作物が育ちにくい風土のため、それが益々事態を悪化させた。
 そんな苦境の中で育ったため、ガーデンの生徒となった今でも彼は一切の贅沢をしたがらない。“いざという時”のため、支給された給料のほとんどは貯金に回り、持てば金がかかるという理由からこれといった趣味も持たずにいた。
 一方、フリオニールのルームメイトのセシルといえば、金銭に対する頓着があまりなかった。彼の出身は世界で名だたる中立大国バロンである。生まれは貴族ではないものの、城でメイドとして働いていた母親が亡くなった際、不憫に思ったバロン王に養子として引き取られたのだった。その際、実兄であるゴルベーザは王との養子縁組を断り、セシルを城に預けた後バロンを去った。子のいなかった王の寵愛を一身に受け育ったセシルは、金銭的な不自由を経験したことが一切なかった。兄を追い求めガーデンに来た当初、同じルームメイトとなったフリオニールとのあまりの金銭感覚の違いに、何度か険悪なムードにさえなった。フリオニールから見ればセシルのギルの使い方は無駄遣いが過ぎ、どこぞの世間知らずのお坊ちゃまが単なる社会勉強でガーデンに来たかのように見えたのだ。しかしそんなちぐはぐな共同生活を送るうち、セシルはセシルなりに王の養子という立場に様々な苦労をしてきたのだと知り、いつしか二人は気の置けない友となった。
 しかし最近、そんな彼らの間には小さなヒビが生じていた。ヒビの正体は、セシルの兄の――ガーデンの教師でもある――ゴルベーザだ。
 ガーデンの規則では、夜の12時から朝の5時までの時間、部屋からの外出は禁止となっている。最近のセシルといえば、11時55分にそっと部屋を抜け出し6時ぴったりに“朝帰り”するのが日課になっている。どこに行っているのかは明白だった。間違いなくゴルベーザの部屋だろう。時計の長針が6を差したと同時に、セシルは出来る限り物音を立てぬように忍び足で部屋の中に滑り込んだ。寝室の扉を開くと、フリオニールが仁王立ちでセシルの帰還を待ち構えていた。
「フリオニール!びっくりした……」
「セシル、また抜け出してたのか」
「う、うん。でも大丈夫、規則は守ってるから」
「そういう問題じゃないだろ!」
「ごめん……」
 怒号にびくりと肩を震わせ、しゅんと体を縮こませるセシル。これでは娘の朝帰りを叱る父親のようではないか。フリオニールは頭を抱えた。
 そうじゃない、そうじゃないんだ!俺はただ――!
 最近のセシルはいつだってゴルベーザの話ばかりするのだ。兄さんは強いだの兄さんは優しいだの兄さんの数学は分かりやすいだの兄さんの実地訓練は為になるだの、口を開けば兄さん兄さん兄さん兄さん。以前はここまでゴルベーザの話をすることなどなかった。いつからだったか、そう、恐らくはあの時からだ。あの時のアレのせいで、せっかく築き上げてきた関係が段々揺らいできてしまったんだ。
「兄さんはあんな人の何処がいいんだろう」
 決して他人を悪く言わないセシルが、唯一つぶやいた悪口だった。3ヶ月前、ガーデン1の美女と名高いマドンナ教師がゴルベーザと訓練所奥にある男女の密会所、いわゆる“秘密の場所”に入って行くのを多数の生徒が目撃し、噂は瞬く間に広まった。もちろんセシルの耳にも噂は入った。後になって、マドンナ教師ことキスティス・トゥリープ先生の本命は別にいて、秘密の場所に行ったのはゴルベーザに恋愛相談をしただけだったということが判明したが、セシルにしてみれば気が気ではなかったようで、美しさと厳しさと優しさを兼ね備えた誰もが憧れる美人教師を、あろうことかあんな人呼ばわりして毒づいたのだ。
 それからセシルは少し変わった。元々その傾向はあったにせよ、兄への執着が一層強くなった。ベッドが一つしかない部屋で二人がどうやって寝ているのかを、一度尋ねたことがあった。何てことはない、セシルはゴルベーザと同じ布団で寝ているのだと言っていた。幼い兄弟なら微笑ましいが、成長期を過ぎた男兄弟が同じベッドで体を寄せ合い寝るというのはあまりに奇妙な光景だ。
「なあ、ゴルベーザの所に行くのやめたらどうだ」
 SeeDの制服に腕を通しながらフリオニールは言う。シャワーから上がり濡れた髪をドライヤーで乾かしていたセシルは、びっくりした顔でフリオニールを仰ぎ見た。
「えっ……どうして?」
「まあ、なんだ、その……俺も……毎日お前に出て行かれると寂しいし……」
 これは本当にそうなのだ。毎晩隣のベッドが空だと何だか寂しい。以前は夜更かしして様々なことを語り合ったりもしたが、最近はそんなことも一切ない。
「そっか、そうだよね……ごめん」
 セシルの素直さは武器だと思う。申し訳なさそうに頭を下げる彼を見ると何も言えなくなってしまうのだ。謝って欲しいわけじゃない。ただもう少しだけ兄離れして欲しかった。要は、親友の心を独り占めするゴルベーザに嫉妬しているだけなのだが。
「分かったよフリオニール。これからは1日置きにするよ」
「おいおい、あんまり変わらないだろそれじゃ……」
「そうかな。じゃあ2日置きならどう?……駄目かな?」
 小首を傾げ、懇願するような表情でフリオニールを見つめるセシル。無意識だろうが、はっきり言ってセシルのやり方は卑怯だ。そんな悲しそうな目でお願いされて、断れる奴などいるものか!……まあそれでも、毎日行かれるよりは幾分マシか。フリオニールは頷き、ぎゅっと腰回りのベルトを引き締めた。
「いいよ、それで」
「ありがとう!フリオニールは優しいね」
 恥ずかしげもなくそういう台詞を言ってしまえるのもまた、セシルの武器だ。面と向かって言われるとこっちが赤面してしまう。セシルは、兄さんに話してくるねと言って部屋を一足早く出て行った。
 そういえば今日は1日中ゴルベーザの実地訓練だ。確か場所はSeeD試験の会場でもあった炎の洞窟――。ゴルベーザは主に1対1の戦闘技術を教えている。生徒同士で対戦するのが殆どだが、稀にゴルベーザ自身が相手になることもある。そして今日の授業が始まるや否や、フリオニールはゴルベーザ直々に指名された。不意打ちだった。
「甘い!フリオニール」
「別れの時だフリオニール」
「さらばだフリオニール」
 いつもは至って公平な(ただし弟を除く)ゴルベーザが、今日だけはフリオニールに一段と厳しかったのは、恐らく彼の勘違いではないだろう――。




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