交錯


 バロンに着くなり城に直行し、臥した王の元にすぐ様向かった。顔色は優れなかったが、王は既に意識を回復しており、医師によれば慢性的頭痛を解消するため鎮痛剤を飲み過ぎたことによる胃潰瘍が原因で、経過を観察する必要性はあるもののさしあたって命に別状はないそうだ。セシルは一晩中王の世話をすると申し出たが、却って治療の妨げになると言われ、やむなく退散したのだった。
 久しぶりに帰った城の自室は、持ち物の多くをバラムガーデンに持って行ったため、生活感のない殺風景なものだった。セシルはカインと共に並んでベッドに腰掛けた。青白い顔をした王の引きつった笑顔が頭から離れない。無理をしているのだと一目で分かった。ふと、かつて母親が亡くなった時のことが頭によぎる。大切な人を亡くす悲しみを知っているだけに、もう二度とあんな想いはしたくない。ぽた、と手の甲に涙の粒が零れ落ちる。堰を切ったように、目の奥から涙が次々に溢れ出した。
 いつまでも泣き止まないセシルの肩を抱き寄せ、カインが言い聞かせるように言った。
「いい加減泣き止め。結局ただの胃潰瘍だったんだから」
「だって……血……吐いたって……あの陛下が……血……」
「お前だってしょっちゅう怪我して出血してるだろ。人間はそんなことで死なん」
「でも……」
 セシルは子供の頃から泣き虫で、その度にこうして宥めてやったものだ。肩を抱き寄せていた手を頭上に這わし、頭を乱暴に撫でてやる。そのまま自分の方に引き寄せると、セシルは素直に胸の中に飛び込んできた。カインは彼を抱き締めた。頭や背中を撫で回し、大丈夫だ、と何度も繰り返して言う。
 泣き疲れて眠りについたセシルをベッドに寝かせ、カインはその隣に潜り込んだ。じっと寝顔を見下ろすうち、邪な考えが沸き上がる。こんな時に卑怯だと思う気持ちはあった。不謹慎なのも分かっている。しかしセシルの濡れた睫毛や半開きの桜色の唇を見ているうち、おさまりがつかなくなった。カインはセシルに覆い被さり、おもむろに口付けた。布団に置かれた手を握り締め、柔らかな髪を手のひらで弄る。当然と言えば当然のことで、やがてセシルが目を覚ました。熱に浮かされ、本能のまま行為に及んでいたカインは、彼の目が見開かれたのを見て大いに慌てた。ガーデンでのことが思い出され、あの時と同じように自分を拒否し、怒られると思っていた。しかしセシルの行動は意外なものだった。カインの首に手を回し、胸に顔を埋めてきた。
「セシル、いいのか?」
「……いいよ」
 セシルの言葉を聞き、一気に体温が上昇した。セシルの精神状態は不安定なもので、それ故に、つい先日はあんなに頑なに拒否したにも関わらず、今はこうして自分から誘うような素振りさえ見せている。傷心につけ込むようなやり方は本来好ましいものではない。しかし躊躇する気持ちは生まれなかった。セシルが好きだ。好きだから抱きたいと思って何が悪い。カインは俄かにセシルの唇を塞ぎ、上着を床に脱ぎ捨てた。



***



 体液でぐちゃぐちゃになったベッドの上に、おざなりに下着だけ身に着けた状態で2人並んで寝転がっていた。朝を知らせる小鳥の囀りで目を覚まし、カインは隣のセシルを揺り起こした。
「おい、朝だぜ」
「ああ……お早う、カイン」
「シャワー浴びるか?」
「うん……」
 寝ぼけ眼をしたセシルが体を起こすのを、腕を引っ張り手伝ってやる。彼の白い肌に点在した赤い痕を見て、昨夜の情事が思い出される。朝から一発というのも悪くないと下心を篭めセシルの体を抱き寄せた時、部屋の扉がノックされた。
「セシルさん、起きていらっしゃいますか?」
 声の主はかつてセシルの世話係をしていたおばさんだった。万が一中に入って来られてはまずいと思い、カインは反射的にベッドに潜った。セシルが慌てて服を身に着け、ドアの外に立つ彼女に返事を返す。しばらく朝のお決まりのやり取りが交わされた後、バロン王が呼んでいると彼女は言った。セシルとカインは互いの顔を見合わせた。
「……分かった、用意が出来次第すぐ行きます」
 おばさんの気配が消えたのを確認し、セシルはシャワールームに駆け込んだ。
 半時間過ぎ、2人は王の寝所の前に立っていた。中から医師と付き添いの薬師が姿を見せる。深々と会釈した後、王の容態を尋ねると医師が穏やかな口調で言った。
「いやはや、驚異的な回復力だ。安静は必要ですがもう心配要らないでしょう」
 セシルとカインが寝所に入ると、王がメイドに付き添われてスープを啜っている所だった。昨日と見違えるほど血色が良く、向けられた笑顔も自然体のものだった。セシルがベッドの側に駆け寄ると、王はメイドにスープを下げるよう指示を出した。彼女が退出するのを見届け、セシルとカインの顔を交互に見やり、
「そんな顔をするな。私はもうこの通り元気になった」
「陛下……」
 昨夜、体中の水分が無くなるのではないだろうかと思える程泣いたのに、再び涙が滲み出てきた。セシルは王の手を取り、膝をついて彼の胸に泣きついた。王が目を細めてセシルの頭を撫で回し、カインを見上げて苦笑した。
「いつまでも甘ったれで困ったものだな。なあカイン、バラムガーデンでの生活はどうだ。セシルと仲良くやっているか?」
 カインがガーデンでの日々の生活について答える間も、セシルは王にくっ付いたまま離れなかった。
 医師からお墨付きを貰ったのだから大丈夫だと安堵する一方、今後、同じようなことが起きないかと不安な心が胸中で渦巻いている。暫くはバロンに滞在し、王の世話をさせて頂こうと決意した。しかし、そんなセシルに王は厳しい口調で言った。
「早くガーデンに戻るのだ」
「しかし、僕は陛下のお側で」
「私のことは心配いらない。セシルよ、お前は今バラムガーデンに仕官するSeeDだということを忘れてはいかん。お前のやるべき事は私の世話ではないだろう。分かるな?セシル」
「……はい」
「カイン、セシルを連れて今すぐガーデンに帰還しなさい。……2人の顔が見られて私も安心したよ。セシルを頼んだぞ」
 王の慈しむような笑顔を前に、セシルは何も言うことが出来なかった。
 バラム行きの大陸横断鉄道に乗り込み、指定の席に並んで座る。やがて列車が発車し、アナウンスを聞きながらカインが隣のセシルに言った。
「セシル、まだ落ち込んでるのか」
「……陛下、大丈夫かな」
「さあな。また倒れるかもしれんな」
「カイン!」
 カインは腕を組み、真剣な眼差しをセシルに向けた。何か言葉を紡ぎかけようとして、窓から入る日差しの眩しさに目を細め、シャッターを下ろして遮光した。もう一度セシルの方を向き直し、彼は今度こそ口を開いて話し始めた。
「いいかセシル。いくら元軍人で鍛えられているとはいってもバロン王は高齢だ。今後、似たようなことが起きてもおかしくない。それどころか、もっと大きな病に倒れられることだって十分考え得る話だ」
「そんな……」
「セシル、そんなに王が心配ならSeeDは辞めろ。俺と一緒にバロンに戻ろう。俺達で王を支えていけばいい」
 カインの言葉はセシルにとって意外なもので、しかし彼の言うことは一理あった。
 今まで、バロンに帰還するという選択肢を無意識のうちに考えないようにしてきた気がする。それ程、SeeDになってからの2年間が楽しくて、充実していた。何より、かけがえのない仲間が出来たことが一番の財産だった。彼らと離れることが無性に怖く感じられた。ティーダがザナルカンドに帰ろうとしない本音が、セシルには痛い程よく分かっている。多くの人間にとって大切なものは1つじゃない。時にはどちらかを選ばなくてはならない場合もある。
 陛下の身を心から案じているのに、一方では、仲間と離れたくないという子供じみた感情を抑えられない自分自身が情けなかった。バロンに帰還すると言えば、きっと仲間達は笑って送り出してくれる。それがほんの少し寂しい気もして、そんな自分に嫌気が差す。頭の中で、堂々巡りを繰り返していた。
 半日掛けてバラムガーデンに帰還した時、すでに夜の11時を回っていた。学生寮の分かれ道に立ち、悩むセシルにカインが言った。
「もう少し考えてみろ。疲れただろ?今日はもう休め。お休み」
「ああ……。お休み、カイン」
 カインの後ろ姿を見届け、セシルはフリオニールの待つ寮の自室に向かった。



***



 ザナルカンドから帰るや否や、カインに連れられバラムを発ったセシルの酷く動揺した顔を見た時、フリオニールの心に漠然とした不安が生まれた。もう二度と、彼はガーデンには戻らないのではないだろうか――。何故そう思うのかは分からない。考えすぎだと、自身のネガティブな思考を取り払おうと、別のことを考えて誤魔化したりした。それでも、ふとした瞬間、セシルの顔が頭に浮かび、気持ちが逆戻りしてしまう。
 カインのことも気掛かりだった。彼らは幼少からの知り合いで、気心の知れた仲だ。共通の話題や思い出も沢山ある。カインはきっと、自分の知らないセシルの様々な顔を知っている。2年前に知り合ったばかりの自分では、いくら気の置けない仲になろうとも、幼少からセシルと成長を共にしてきたカインには、到底かなう筈がない。そう思った次の瞬間、一体何に対して?と自分自身に疑問を投げた。カインが現れて以来、どういう訳か彼に対して焦りのようなものを感じてしまう自分がいた。負けたくないと、誰かに対してこんなにも強く対抗心を抱いたのは初めてだった。
 そもそも、何故こんなにもセシルが気になってしまうのか分からない。仲間として心配するのは当然のことだが、それにしても限度を越えているという自覚があった。
 セシルはいつ帰るのだろう――ベッドに転がり、そればかり考えていた。突然、部屋の扉が開かれ彼の声が聞こえた瞬間、心臓が跳ね上がった。
「ただいま。フリオニール」
「セシル!」
 我ながら大きな声を出してしまった。はっと口を押さえ、やや赤面してフリオニールは入り口に駆け寄った。セシルの荷物を彼の手から取り、寝室に運んでやる。
 いけないと思いつつ自然と顔がにやけてくる。フリオニールはセシルから顔を背けた。冷蔵庫を漁る振りをして、帰還した彼に陽気な口調で話し掛けた。
「どうだったんだ?王様、大丈夫か?」
「うん……」
 予想外に落ち込んだ声だった。フリオニールはセシルの方を振り向き、床に座り込んだ彼の側ににじりよった。一体何があったのだ。沈んだ表情のセシルを見つめ、ただ脳天気に喜び、浮かれていた自分を戒めた。
「あのね、まだ他のみんなには言わないで欲しいんだけど……」
 バロンでの出来事、そしてカインに言われたこと。時折言葉を詰まらせながら、セシルは全てを吐露してくれた。どうしたらいいんだろう、と助言を求めるように上目遣いで見つめてくる。
 しかし生憎、フリオニールの心境はそれどころではなかった。
「……SeeDを辞める?」
 声が震える。体温が急激に下がっていくような感覚がした。セシルがSeeDを辞めるということは、自分の側から離れてしまうということだ。セシルが居なくなるなんて考えられない。言いようのない焦燥感が沸き起こる。
「いや……まだ決まった訳じゃないけど」
 セシルの言葉も、右耳から左耳に突き抜けていた。フリオニールの頭にあるのは、もはやセシルがSeeDを辞めるという一点だった。
 そんなのは絶対に嫌だと強く思った。彼との様々な記憶が蘇る。無駄遣いを強く嗜め、気まずい雰囲気になった時のこと。互いの過去を語り合い、より信頼が深まった時のこと。演劇の練習がなかなか進まず、2人正座をさせられジタンに説教された時のこと。それでも本番では何とか自分はストレイボウを、セシルはアリシアを演じきり、男同士でラブシーンに及んだこと――。
 フリオニールは頭を振った。セシルと離れたくない。離したくない。無意識のうちに手が伸びる。セシルの肩を掴み、自分の体に引き寄せた。
「行くなセシル。絶対に……行くな」
 フリオニールはそう言うと、セシルの首に両手を回して体を強く抱き締めた。



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