勢いのまま書いた小説と呼べない短文の小ネタ集。随時増えていきます






1WOLセシ、夫婦ネタ


「お帰りなさいあなた。お疲れになったでしょう?お風呂、沸かしてありますから」
「ああ。ありがとうセシル」
 セシルは下げていた頭を上げ、先ほどまで床に三つ指をついて揃えていた手を解き、火照った顔に両手を添えた。ふう、とため息をつき、戸惑った表情を、後ろの襖から顔を覗かせ控えているジタンに向ける。
「ねえジタン……ここまでする必要ってあるの?」
「ああ、大いにある。いざという時にボロが出たら困るだろ?形から入れば自然とそれが身体に馴染むものさ」
「馴染まれても困るんだけど……」
「いいからいいから。さ、“母さん”は早く“父さん”の後ろを追ってスーツをクローゼットに掛けなくちゃ」
「うん……分かったよ」
 ジタンに言われた通りライトの三歩後ろを歩き、夫婦――便宜上、そういうことになっている――の寝室に向かう。彼の肩からスーツを受け取り、ネクタイを手渡されたセシルは、ライトの端正な顔を見上げた。
「あの……」
「何だ?セシル」
「あなたは嫌じゃないんですか?いくら囮作戦と言っても、こんな……」
「いいや、全く。むしろこの一連の作戦は極めて有効だと私は思う。君は嫌なのか?」
「いえ、そういう訳では」
「なら構わないだろう。セシル、目を閉じろ」
「……はい」
 最近、巷では下着泥棒の被害が多発していた。対策の一環として提案されたのがいわゆる囮作戦だった。今までの事例を検証した結果、犯人がターゲットにする家庭には共通した特徴があることが判明した。父母長男長女の四人家族であること。 母親と長女が清楚タイプの美人であること。広い庭があること。昼間は母親1人であること。
 そこで、ライトとセシルが夫婦を、ジタンとティナが長男と長女を演じることになったのだが、特に、ライトとジタンの張り切り様は凄まじく、“やるからには徹底的に家族になりきる”を標語に掲げた彼らは、事細かに演出を練り込み、些細な仕草や台詞など、一つ一つの演技に至るまでを取り仕切った。
 セシルはそっと目を閉じた。ライトの手が肩に乗せられ、緊張からぎゅっと拳を握り締める。ちゅ、と音を立てて唇が自分のそれに重ねられる。ほんの一瞬のことではあったが、毎回のように、唇が離れた瞬間、身体中からへなりと力が抜けていくのだ。床に崩れかけたセシルの身体をライトが間一髪で支える。分厚い胸板に抱き寄せられ、セシルは一層赤面した。密着した彼に心臓の鼓動を聞かれたくなくて、身体を捻り、彼の腕から逃れようとする。
「あ……あの、もう離し」
「こういう時は、素直に身を任せるべきではないのか?“夫婦”なら」
「ごめんなさい……」
 ライトの両手が背中に回され、セシルは彼の温かな胸に顔を埋めた。ああ、どうしてこの人はこうなんだろう。気持ちの籠もっていない事務的なキスをして、何の感情も伴わない抱擁を交わし、それでも、自分が今どれだけ緊張しているのかなんて、何一つ分かっていない。あなたにとってはただの任務の一環に過ぎないのだろうけれど、今回の任務は僕にとってはあまりに残酷で、とても魅惑的で――セシルが振り仰いだ先、ライトとふと目が合った。反射的に目を閉じ、これではまるでキスを待っているようではないかと我に返り、すぐさま瞼を上げる。彼は何かに驚いたように片眉を上げた。珍しい表情だな、と思った瞬間、整った顔が自分に近付き、額に軽く口付けられる。居間に戻ろう、頭先でそう囁かれたセシルは、伏せ気味にこくりと小さく頷いた。
「夕飯の支度がありますから、先に行ってます」
 相変わらず赤面したままのセシルが小走りに駆けていく姿を後ろから眺めていると、くいと袖を引っ張られた。いつの間にいたのだろうか、ジタンがはにかんだ表情で立っていた。
「どうした?ジタン」
「あんた、ほんっと策士っていうか……上手いよなァ」
「父さんと言って貰おうか。君は私の息子という設定だろう」
「はいはい父さん、と。――母さん、すっかり父さんに骨抜きだぜ。見たか?あのカオ。作戦大成功ってところかい?」
「何のことだか分からないな。私はただ与えられた任務をこなしているだけだ」
「よっく言うぜ。下着ドロ捕まえるぐらい、他に幾らでも賢いやり方あっただろ?まあ、俺的には父さんの俗っぽい一面が見られて面白いからいいんだけどな。任務を軽んじてるって訳じゃないしさ」
「何度でも言うが、私は最善の方法を選んだまでだ。さあ、セシルとティナが待っている。我々も居間に行こう」
「へーい」
 きびすを返し颯爽と居間に続く廊下を歩くライトのすぐ後ろに続き、一家の大黒柱に相応しい大きな背中を見上げる。
 セシルもとんだ食わせ者に引っかかっちまったな、とジタンはどこか悪戯っぽく苦笑した。
 


2WOLセシ 夫婦ネタつづき。



 時計の長針と短針がぴたりと重なった瞬間、壁に掛けられた古い振り子時計がボーン、ボーンと重く鈍い音を立てて部屋中に鳴り響いた。
 いま、ライトとセシルはお揃いの白い襦袢を着て、並べて敷かれた布団の上で、互いに向き合って正座している。セシルはいつになく緊張していた。まさかとは思うが、夜の生活まで再現する気ではないだろうなと、不安と、ほんの僅かな期待が頭の中を駆け巡っている。
 ライトの手がこちらに伸ばされ、そっと肩に置かれた。近付いてくる端正な顔に暫し見惚れ、セシルは目を閉じた。彼とのキスは、任務開始した3日前から、かれこれもう8回目になる。唇が離れた後は例の如く体から力が抜け、目の前の体に倒れ込む形になった。
 てっきり、いつものように肩を支えられるものだと思っていた。しかしライトはそうはせず、勢いのまま前に倒れ、彼の膝に顔を埋める形になってしまった。
 焦ったセシルはとっさに頭を上げようとしたが、ライトの手がそれを阻んだ。彼は慈しむようにセシルの柔らかな銀糸で紡がれた髪を撫で、セシル、と何度となく名前を呼んだ。
「ライト?」
「夫婦にはこういう時間が必要らしい。ジタンが言っていた」
「……できた息子だなあ」
「ん。何か言ったか?」
「いえ、何でも」
 セシルは足を崩し、横向きに寝転がった。つい先ほどまで全身を覆っていた緊張が嘘のように消え去り、穏やかな気分に包まれる。
 ライトが自分にこんなことをするのは、あくまでも任務遂行の為だ。それでも、例えかりそめの形でも、今はれっきとした夫婦なのだ。
 ただ、今が幸せだからそれでいいのだ。



3WOLセシ 夫婦ネタおまけ



「……ティナさあ。その格好、どうしたんだよ」
「バッツに貰ったの。……似合わないかな。ジタンはどう思う?」
 ジタンとティナは、互いに16歳ということで、二卵生双生児の設定だった。なので、お兄ちゃんとかお姉ちゃんと呼ぶのではなく、普段の通りに名前で呼び合っている。
 下着が透けて見える淡いピンク色のフリルがついたネグリジェを身に纏ったティナを見てジタンは盛大なため息をついた。バッツ、あいつ何考えてんだ……。いや、多分何も考えてないのだろう。贈った相手がティナじゃなかったら、こんなエッチな服着ないわ!バカにしないで!とビンタを食らっていたところだ。
 いくら女の子の扱いに慣れているプレイボーイとはいえ、こんなにも無防備な格好をされれば目のやり場に困ってしまう。ましてや、ティナのように可憐で魅力的な女の子なら尚更だ。ほとんど下着同然の格好で部屋の中をうろつかれれば、まさに蛇の生殺し。やれやれ、と肩をすくめ、ジタンは二段ベッドの上によじ登った。ティナがバッツに密かに想いを寄せているのは知っているから、その破廉恥なネグリジェの上に何か着てくれと言ったところで聞いてくれるとは考えにくい。ジタンは枕元の携帯電話を手に取り、罪な男にメールを出した。
『おいバッツ。お前なあ、我が家のかわいいお姫様にヘンなもの贈るなよ』
『ヘンなものって?何だっけ?』
『スッケスケのネグリジェ!ティナに贈ったんだろ?』
『え?それ、セシル宛てに贈ったんだけど。ティナが着てるのか?』
『はあ!?どういうことだよ』
『WOLが俺に宅配便で出すように頼んできたんだって。ちなみにティナにはモーグリを贈ったはずだけど』
『……そうか、サンキュー。おやすみ』
『おいおい、何だよ一体』
『わりいなバッツ。俺ちょっと用事あるから。じゃあな』
 ジタンは携帯を閉じた。部屋の中央にあるテーブルの前に座り、化粧水を顔にはたいているであろうティナに向かって問いかける。
「ティナ。バッツから届いた荷物、受け取ったの誰だったんだ?」
「セシル……じゃなくてお母さんよ。2つ贈られてきて、大きい方のダンボールはきっと注文してたぬか漬けのツボだろうって、小さい方を渡されたの」
「……で、ツボは?」
「まだ開封してないと思うわ。漬ける材料がないって言ってたもの」
 ということは、だ。モーグリは今もダンボールの中に入れられたままクポクポ言っている可能性が高い。ジタンは慌ててベッドから飛び降りた。
 廊下を駆け夫婦の寝室に向かう。襖をがらりと勢いよく開いた時、セシルの悲鳴が耳に響いた。
「ねねねネグリジェなんて着てるわけないじゃないですか!」
「……む?おかしいな、そんな筈は……」
 真っ赤な顔でそさくさとはだけた襦袢を直すセシルと、腕を組み生真面目な顔をして、頭の上に沢山の?マークを掲げたライト。
 中身をロクに確認もせずぬか漬けのツボだと早合点したセシルも、そもそもネグリジェを贈ったところで男のセシルが着る訳がないことに気付かないライトも、勘違いだったにせよ好きな男からいやらしいネグリジェを貰って素直に喜んでしまえるティナも、ついでに言えばダンボールに生身の生き物を詰めたバッツも、どうしてこう、自分の周りは世間擦れした人間ばかりが揃っているのだ。
 つい数時間前、ライトのことを策士だと言ったが速やかに撤回しよう。バッツを使ってあんたが仕込んだネグリジェなら、何も知らない長女が嬉しそうに着てるぜ――。
 ジタンは二度目のため息をつき、夫婦のいざこざに巻き込まれぬうち襖を閉めた。助けてクポ〜、とダンボールの蓋を必死に叩いているであろうモーグリを探しに、家のあちこちを探し回る。
「おかしいな。いないぞ」
 トイレの女の子用品が入った棚までわざわざ調べたというのに。小一時間が経った今も、モーグリが入れられたダンボールは見つからなかった。
 ふと原点に立ち戻った時、重大なことを思い出した。そうだ、何ということだ、一番疑わしい両親の寝室を忘れていた!
 再びあの場所に足を踏み入れることに些かの躊躇いがあったが、一晩中ダンボールの中では流石にモーグリが不憫過ぎる。寝室の襖の窪みに手をかけた時、中からくぐもった声が聞こえた。
「ん……ライト……待っ……」
「悪いがこれ以上待つつもりはない。私にも限界がある」
「でも、これだってあなたにとっては任務なんでしょう」
「……白状しよう。私は君が――」
「ライト……!」
「セシル……」
「あ、ぼくもう、あっ」
「そうか。君はここが弱いのだな」
 ジタンは無言のまま、くるりときびすを返した。悪いなモーグリ。可哀想だけど我慢してくれ。
 いま中に押し入ってはそれは野暮というものだ。何より、後でライトに何を言われるか分からない。
 どこか抜けている新婚夫婦の睦み事を、狭いダンボールの中で一晩中否が応でも聞かされる羽目になったモーグリに、ジタンは心から同情した。



4ティダセシ、フリセシ DFF


 ティーダの頭が振り子のように揺れている。探索に出掛けたフリオニールとクラウドが帰還するまでは絶対に寝るもんかと意気込んでいたのもつかの間、すっかり睡魔の虜になっているようだった。そんな彼を見てセシルは苦笑し、ティーダ、と優しく声をかけた。自分の膝を指差し、手招きしてやる。
「でも……」
「いいから。帰ってきたら起こしてあげる」
「ほんとに?」
「うん」
「そっか!んじゃ遠慮なく!」
 ティーダはぱあっと人懐っこい笑顔を向け、セシルの膝枕に勢いよく寝転がった。1分も経たないうちに寝息を立て始めた彼のあどけない寝顔を見下ろし、光り輝く太陽のような髪の毛を撫でてやる。
 やがてフリオニール達が戻ってきた頃にはティーダはすっかり夢見心地で、いくら揺さぶっても目を覚ます気配はなかった。熟睡している彼を無理やり叩き起こすのは可哀想だからと、セシルはそのまま膝枕をしてやるつもりでいた。しかし、それに対してフリオニールが異議を唱えた。
「そんなのは駄目だ!セシルが疲れてしまうだろ」
「大丈夫。ぼく、こういうの慣れてるから」
「そ、そんなこと言ったって、体はきっと疲れる筈だ」
「ありがとうフリオニール。本当に大丈夫だから」
「しかし……」
 フリオニールがあまりに食い下がってくるので、セシルは多少面食らった。何故そこまで猛反発するのだろう。いくら言ってもセシルが首を縦に振らないことに拗ねたのか、フリオニールは3人から離れた場所で突然ふて寝を始めてしまった。ますます戸惑うセシルの肩をクラウドが叩いて言った。
「ほっとけ、セシル」
「でも……何だか怒ってない?」
「単に羨ましいだけだろう」
「えっ、何が?」
 クラウドは無言で、ティーダの呑気な寝顔を指差した。




5カイセシ Immoral設定ベース カインが必死


 セシルを連れて、アパートから5メートル程歩いた場所にある月極の駐車場に向かう。カインはジーンズの上から鍵の感触を確かめ、隣を歩く恋人の背中に手を回してほらあれだ、と前方に向かい指差した。暫く視線をさまよわせていたセシルがやがて一点を見つめ、へえ、と抑揚のない口調で言う。予想していた反応との差異に拍子抜けしたが、実際に助手席に乗せてドライブへと洒落込めば、きっと感動してくれるに違いない。
 艶やかな紺色の車体を愛おしげに眺め回す。各所にさり気なく彫られている竜頭をあしらったロゴが一番のお気に入りだ。本音を言えば新車が欲しいところだが、安月給の自分には到底手の届かない値段だった。分割ならと一瞬考えたりもしたが、車をローンで支払うなどプライドが許さなかった。中古でもいい、物は一括で後腐れなく買うべし、という自分なりの主義があった。都内に限らず神奈川や埼玉、果ては千葉や山梨にまで足を伸ばし、ありとあらゆる中古車販売店を当たった。
 若者の間で圧倒的な人気を誇る車種だけに、中には内装がひどく汚れていたり傷だらけのものもあった。その分値段も低く設定されていたが、そもそも車の購入に踏み切ったのは、隣に恋人を乗せることが一番の目的だけに、多少値が張ってでも、なるべく新車に近い状態の車体を血眼になって探し回った。
 それから3ヶ月余りが経ち、漸く念願の愛車を手に入れることができた。ここに辿り着くまでの様々な苦労をしみじみと思い起こす。
 世の中というものは頭の良い人間達が敢えてややこしい制度を作り、あまり物を考えない人間達からより多くを搾取する仕組みになっている。俺は一円でも余計な金を取られるのは御免だと、仕事の合間に車に関する知識を徹底的に調べ上げ、販売側との熾烈な値段交渉を行ってきた。アンタ高校教師より車売る方が向いてるんじゃないと、担当者がげっそりした顔で言っていたのを思い出す。
「ねえ先生、これハイウィンド?」
「ああ。よく知ってるな」
 車種名を知っていたことに驚きつつ、セシルを助手席に誘導する。彼女を座らせ、扉を閉めたカインは運転席に回った。バックミラーの調節をしながら鏡越しに彼女の顔を見て、
「お前が車の名前知ってるなんて意外だな。あまりCMもやってないのに」
「車とか飛行機とか、動くものが好きなんだ。言ってなかったっけ」
「初耳だ。ますます驚いた」
「これ、ハイウィンドの2005年製プレミアムエディションだね。ハイブリッドじゃないけど前輪駆動だから燃費もいいし内装はさすがリチャード社だけあって高級感もあるし、内臓ナビもポレンティーナ社の“シド”だから一流だよ。うちはレッドウィングに買い換えたばかりだし、ハイウィンドには前から乗ってみたかったんだ。先生、ありがとう」
「……レッドウィング?」
「うん。それがどうかした?」
「……いや……何でも……」
 レッドウィングと言えば押しも押されぬ国内最高位の、超が付く高級車ではないか。報道番組やドラマではありがちな、政治家や社長がSPを連れて乗り込む姿が脳裏に浮かぶ。あの超高級車にセシルは毎日乗っているのだという。しかも、なまじセシルが車に詳しいために、恐らくこの車が中古車だと気付かれている。もちろん彼女はそんなことで幻滅したり、見下すようなことはしないだろうが、ここ最近は情けない姿を見せてばかりいるだけに、男の矜持を取り戻すためにもと購入に踏み切ったのが、益々墓穴を掘ったようだ。
 エンジンを掛ける気力も削がれ、カインは無言のまま竜頭が刻まれたハンドルに頭を乗せた。セシルが富豪の養女だとは知っていたが、まさかレッドウィングに乗る程の金持ちだとは思わなかった。
 アパート暮らしの自分が急激に情けなくなり、一体どんなどでかい屋敷に住んでいるのだろうとぼんやり想像を巡らしていると、セシルに服の袖を引っ張られた。
「先生、発進しないの?」
「あ、ああ……ちょっと待て」
「運転したくないなら代わっていいかな。ハイウィンドってミッションだよね。免許取ったのにうちの車は全部オートマでつまらないんだ」
「セシル、お前いつ免許なんか……」
「18歳になったから、短期集中型で取ったんだ。ごめんなさい、言ってなくて」
 今日は驚かされることばかりだ。しかしセシルに運転させて自分が助手席という構図はあまりにも情けない。カインは慌ててクラッチとブレーキを踏み込んだ。エンジンを掛け、ギアに触れる。
 実のところ、運転免許を取得後たった数回運転したきりだった。緊張した面持ちでギアをファーストに入れようと動かした瞬間、クラッチから足を離していた。ぷすん、と間の抜けた音と共に車体が揺れ、エンストを起こしてしまった。教習所では一度もエンストを起こさなかったのに、何でよりによってこんな時に――!
 セシルがじっと手元を見ている。まずはエンジンをかけ直さなくては。待てよ、エンジンは一体どうやってつけるのだろう。クラッチとは何だ。ブレーキペダルは何処だ。すっかり混乱し、頭が真っ白になっていた。
「先生!」
「あ、ああ……すまん」
「きっと体調悪いんだよ。代わりに運転してあげるよ」
「いやしかし、お前は初心者だろ。不安だな」
「毎日家の庭で運転してるから大丈夫だよ。練習用コースも作って貰ったし」
「……庭で練習だと?」
「お父様が作ってくれたんだ。いきなり路上は危険だからって」
「……お前の家、東京ドームより広いとか言わないだろうな」
 セシルの義父は三者面談で一度だけ顔を見たことがある。髭を生やした口元と、優しい目元が印象的で、血の繋がりはなくとも娘を溺愛している様子だった。愛娘が担当教師と恋愛関係にあると知ったらどうなるのだろうと考え、背筋にぞくりと寒気が走った。娘のために車のコースを作ってしまう親バカなのだ。想像しただけでも恐ろしい。
「ね、毎日練習してるから大丈夫。ほら代わって」
「……ああ」
 カインは運転席から降りた。セシルの話を聞く内に、自分のちっぽけなプライドなど、目に見えぬ程に縮んでしまった。もうどうでもいい、好きにしてくれ――。
 トランクを開き、セシルが嬉々として初心者マークを取り出し車体に貼り付けている。準スポーツカーのハイウィンドを初心者の女子高生が運転するというのも奇妙な図だが、運転席に座り込み、シートベルトをしたセシルはいつになく頼もしかった。慣れた手つきで車を発進させ、ギアチェンジもスムーズだった。彼女は料理や裁縫に関してはからっきしだが、運動能力は飛び抜けていた。なる程な、と助手席に座ったカインはセシルの整った横顔を見つめた。
「ところで、どこに行くの?」
「お前の好きな場所に連れて行ってやろうと思ってる。行きたい場所はあるか?」
 助手席にいながら我ながらおかしな会話をしていると思いつつ、華麗にハンドルを切るセシルに問い掛ける。彼女は暫く考え込み、赤信号で車を一時停止させ、こちらを振り返って言った。
「電車とバスの博物館がいい。子供の頃、あそこによく連れて行って貰ったんだ」
「……そんな所でいいのか?」
「うん。人混みは苦手なんだ」
 飾り気のないセシルらしいといえばらしいが、せっかくのデートなのだから、もっとロマンチックな場所を言って貰いたかったという気持ちもある。しかしセシルが行きたいのだから仕方あるまい、とカインはカーナビに行き先を入力した。
 結局、その日は一日中博物館に入り浸ることになった。“電車とバスの”と銘打ちながら設置されている飛行機のシュミレーションにセシルが夢中になってしまい、自分もまた年を忘れてそれなりに楽しんでいた。アパートに帰宅し、テーブルに大量の土産物を広げて目を輝かせるセシルの隣に座り込む。博物館で自分が買ってやったミニ四駆や模型を眺め、いつになく明るい表情の彼女を見て心が安らぐ。セシルが飛行機の模型を手に取り、こちらに寄り添うように体をくっ付けてきた。カインは手を彼女の肩にそっと回した。こうして2人でいる時間が何よりも至福の時だ。
「将来は飛行機の操縦士になりたいな」
「パイロット?」
「うん。どう思う?」
「飛行機が好きなら、スチュワーデスとかグランドホステスでもいいんじゃないのか」
 お前ならあの洒落た制服がさぞ映えるだろうし、と心の中で付け足す。しかしセシルは首を振り、
「ううん、自分で操縦したいんだ。本当は乗り物を作る方でもいいけど、物が動く仕組みとかよく分からないし」
「大学は?」
「もちろん行くよ。お父さんの希望でもあるし。卒業してから専門学校に通うつもり」
「専門学校……か」
 生徒の大半が男であろうパイロットの専門学校に女のセシルが通う図を想像する。全くの偏見だが、パイロットは女好きというイメージを抱いている。高校と違い、若くて積極的な男に言い寄られるセシルを見張ることさえも出来ない。増して、その頃には自分は三十路を越えている。
 不意に、今まで意識したことのなかった二文字が頭に浮かんだ。これまで考えたことがなかったのは、彼女は高校生の子供だという認識があまりに強かったからかもしれない。しかしセシルの口からそう遠くない未来の話を聞いて、瞳目させられた気分だった。高校を卒業し、大学生になったセシルはますます輝きを増すだろう。今までのようなアイドルとしての扱いではなく、本気で彼女に言い寄る男が現れる可能性は十分にある。いつまでも悠長になどしていられない。
「セシル。お前の薬指って何号なんだ?」
 我ながら直球過ぎる問いかけだった。しかしセシルは極端に鈍く、質問に隠された(実際は、あからさまではあるが)意図に気付くとは考えにくい。
 セシルは小首を傾げた。分からない、と淡々とした口調で言う。カインはため息をつき、彼女の手を取った。女の子にしてはやや骨ばった長い指を撫で回し、過去に付き合った数人のデータと照らし合わせ、おおよその予測を立てる。
「11ぐらいか。お前痩せてる割に骨太だな」
「ふうん。よく分かるね先生」
「何となく、だけどな」
 触れていたセシルの指先を手の中に包み込む。横顔に口付け、頬を引き寄せ唇を塞いでやる。握っていた手をそっと離し、そのまま腰に回して自分の方に引き寄せれば、密着した体から温もりが伝わり、顔を上げると火照った彼女と目が合った。
「……ところで、何で指のサイズなんか知りたいの?」
「……そのうちな。それより、教会と神社のどっち派だ?」
「うちは無宗教だよ」
「いいから。直感的に答えろよ」
「えっと、教会かな。パイプオルガンの音色好きだから」
「そうか。分かった」
「何なの、さっきから」
「……そのうちな」
 純白のドレスに身を包んだセシルの姿を思い浮かべ、カインは再び桜色の唇に口付けた。

※電車とバスの博物館には本当に飛行機のシュミレーションがあります。




6フリセシ 夢の話


「答え……見つかったの?」
「ああ。夢を思い出したんだ」
「どんな夢?」
「……偉そうに語れるほどの夢じゃない」
「いいよ、それでも。君のことがもっと知りたいんだ」
「……笑わないか?」
「うん。絶対に」
「でも……本当に大した夢じゃないんだ」
「君の大切な夢を笑ったりしないよ」
「本当に?」
「もちろん。誓うよ」
「誓うって、何に?」
「……そうだなあ」
 セシルの手がフリオニールの頬に優しく触れる。白い指先で、きめ細やかな肌の感触を確かめるように撫で回す。赤面し、硬直した彼の唇にそっと触れるだけのキスを落とし、セシルは悪戯っぽく囁いた。
「君の唇に……なんてどうかな」





ここから先はR18ネタになります。苦手な方はスクロールしないようお願いします






7カイセシ カイ→ロザ前提 EDから3年後 監禁ネタ 暴力表現含



 錆びた手錠に拘束された、赤く擦り切れた手首を眼前に掲げ、ぼんやりと見つめる。筋肉が削ぎ落ち、すっかりやせ細ってしまった。ここに連れて来られてから既に1年近くが経っていた。
 突然手紙が届き、出向いた宿泊施設の部屋で、唯一無二の親友から出されたホットミルクに睡眠薬が混入しているなどと一体誰が考えるだろう。何の疑念もなく飲み干し、やがて意識が朦朧とし始めベッドに倒れ込んだあの時、掠れた視界の中で見た彼の不敵な笑みが今も頭に焼き付いて離れない。
「セシル。何してる」
「カイン……」
 両足首に嵌められた枷から伸びた鎖をよけながら、カインは腰を屈ませ顔を覗き込んできた。セシルは彼の首元を両手で掴んだ。
「何故だカイン。何故お前はこんなこと……」
「愚問だな。答えるまでもあるまい」
「お願いだ……もう解放してくれ!子供の顔も、もう一年も見ていないんだ……」
 産まれたばかりの息子の顔を想起し、愛しい名前を呟く。途端、カインのこめかみがピクリと動いた。目の前に迫る彼の顔が、まるで夜叉のような表情にみるみるうちに変化するその様を凝視し、戦慄する間もなく突然、前髪を強く鷲掴まれた。
「子供だと?」
「……ああ」
 そうだ、カインはセオドアが産まれたことを知らないのだ。真っ先に報告したかったのに、連絡する術が見つからず落胆した記憶が蘇る。何故彼がこのような暴挙に走ったのかは未だ分からずじまいだったが、子供がいることを知れば監禁を解いてくれるかもしれないと、淡い期待感が沸き起こる。掴まれたままの前髪が痛かったが、セシルは愛息の名前を彼に教えようと口を開いた。しかし言うことは出来なかった。口を開いたその瞬間、3本の指が口腔内に押し込まれたのだ。上顎の粘膜に爪先が鋭く当たり、鉄臭い血の味が舌に広がる。更にぎりぎりと髪の毛を上向きに引っ張られ、セシルは生理的な涙を零しながら低く呻いた。親友に対して初めて抱いた、純然たる恐怖心。身体中が震え出し、彼の突き刺すような視線から目を逸らすことさえ出来ずにいた。
「お前がローザに産ませた子供か」
「ぐっ……」
「ローザを汚したのか。これで」
 急所を膝で強く蹴り上げられる。痛みに俯くこともさせてもらえず、ただ涙だけが流れ落ちる。
 カインが突然肩を揺すって笑い始めた。フッと皮肉めいた笑みしか見せたことのなかった彼が、狂気に取り憑かれたかのように可笑しそうに声を出して笑っている。やがて落ち着くと、前髪を鷲掴んでいた手が離され、押し込まれていた指がずるりと抜かれた。血の混じった唾液をおざなりに服で拭き取り、肩に流れた髪に手が伸びる。
「ずいぶん髪が伸びたな……まるで女みたいだ」
 穏やかな口調だった。慈しむように伸びた髪を優しく撫でられ、先ほどの変貌から一変したカインの態度にセシルは大いに戸惑った。口を解放されたのに、言葉を紡ぐことが出来ない。
「いっそお前が女だったら良かったのに」
「……?」
「お前が女なら、ローザは俺のものだった。そうだろう」
「な……にを……」
「フッ、何を言いたいのか分からないのか。そうだなセシル……敗者の気持ちなどお前には分かるまい」
「カイ、ン……?」
「お前はあいつを汚した。……お前も、同じ目に遭うべきだ」
 カインに肩を突かれ、後ろに勢いよく倒れ込んだ。固い床に背中を強かに打ちつけ、一瞬息が止まる。枷のついた足首を持ち上げられ、毎日のように履かされていた粗末な布製のズボンをナイフで乱暴に破られていく。みるみるうちに肌が露出し、セシルは目を見開いた。
「カイン、何して――」
「お前を汚してやるよセシル。後戻りできないぐらい無茶苦茶になればいい」
 足を蛙のように開かれ、カインが自身のそり立った逸物を取り出したのを見て、漸く彼の意図を察した。散らばった布切れを丸めて口の中に押し込まれ、舌を噛みきることも、抗議の言葉を出すことも出来なくなった。
 涙を零し、弱々しく首を振り続けるセシルを一瞥したカインは、棚から薄手のタオルを取り出した。自分に見られることに多少の罪悪感があったのだろうか、目元を隠すようにしてそれを巻かれ視界さえも奪われる。
 頭上に手錠の掛かった両手首を押さえ込まれ、彼のものが自分の中に無理やり侵入してくる。身体を真っ二つに裂かれるような激痛が走り抜けた。自分の呻く声と、カインの高らかに笑う声が重なり合い共鳴し、鼓膜を鳴らした。
 一体どれ程の時間が経ったのか分からない。親友に容赦なく犯され続け、身体中の感覚が麻痺していた。最早涙さえも出ない。いっそ気を失ってしまいたかった。しかしカインの手がそれを阻んだ。ぐったりしたセシルの頬を強く叩き、眠らせてくれない。何度目かの吐精を受け、彼のものが引き抜かれた。カインが自分の中で達する度に、今度こそ終わりだろうかとほんの僅かな期待を抱くも、直ぐに絶望に打って変わった。
 カインの手が二の腕を引き、体をひっくり返される。背中に覆い被され、耳朶を強く引っ張られた。一生閉じ込めてやる――そう耳打ちされ、セシルは顔が青ざめていくのを感じた。枯れた筈の涙がじわりと滲んでくる。
「お前が悪いんだ。お前さえ、俺の前に現れなければ……」
 カインが譫言のように繰り返す恨み節を聞き、そこまで憎まれていたのかと思い知った。セシルは口に押し込まれた布を吐き出した。その衝動が伝わり、涙を吸い込み重くなったタオルがばさりと落ちる。
「カイン」
 自分は彼を憎めない。どんなに酷いことをされても、憎むことが出来ない。セシルは静かに顔だけを振り返らせた。突然声を出したことに驚いたのか、動きを止めたカインを見上げ、微笑みかける。
「カイン。僕を殺せばいい」
「……セシル」
「殺せよ、カイン」
 カインの顔が、みるみるうちに泣き顔に変わっていった。




8ベイセシ Ball&Chainベース



「ベイガン、頼むから」
「頼むから、何です」
「……行かせて……くれ」
「どこに?」
「……トイレに」
 言いしな羞恥にまみれた表情を作り、かあっと顔を赤らめたセシルを見てベイガンは苦笑した。壁に手を突かせ、立ったまま後ろから繋がっている今の状況で、まるで小さな子供のようなことを言う。それだけ切羽詰まっているのだろうが、益々追い詰めてやりたくなった。
 頼りない腰元を掴んでいた手を前に這わせ、彼のものを手のひらで擦る。びくりと震えた肩に顎を乗せ、耳元にわざとらしく息を吹きかけながら、後ろから数回腰を打ち付けてやれば、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が静まり返った城の地下通路に響き渡る。
「あっ……動か……す、な……」
「我慢できないんですか?」
 そう問い掛ければセシルは素直にこくこくと頷いた。従順になればその通りにしてもらえると思っているようだったが、毛頭解放するつもりはなかった。セシルの甘過ぎる見通しを一刀両断して、彼に一層の羞恥と苦痛を与えてやりたい。
 ベイガンは自身を一旦引き抜くと、雁首に手を添えて、濡れた先端をセシルのやや緩んだそこに擦り付けた。ほんの先の数センチほどだけをぬちゅりと挿入させ、再び抜き取る。何度かその行為を繰り返し、今度は一気に奥まで自身を押し込んだ。セシルが弱い一点に当たるように調整しながら、肉襞をめくり上げるように激しい律動を施す。
「あっ、ああ、ん、んんっ」 
 もういやだ、やめてくれとセシルは左右に頭を振り乱し、泣きながら訴えた。これ以上追い詰められれば、絶頂を迎えながら漏らす羽目になりかねない。尿意を抑えるため反射的に震える両足を擦り合わせると、中に入ったベイガンのものがより密着し、絡み付いてくるようだった。
「あああっ」
 結果的に、その行為は自ら自分自身を追い詰めることになってしまった。正常な思考が段々と薄れていく。それでも最後の矜持だけは守らなければならない。ベイガンに、これ以上自分のみっともない姿を見られたくない。
「賭けをしましょうか。セシル殿」
「あっ……か、け……?」
「あと10分、このまま我慢出来たらあなたを解放しましょう。――本当の意味でね。その代わりあなたが達したり漏らした場合はペナルティとして今夜は私の部屋に泊まること。どうです?悪い条件ではないでしょう」
「んっ……そん、なの……」
「さあどうしますか。私は待つのが嫌いなんです。あと1分以内に結論を出して下さい」
 ベイガンの腰の動きがピタリと止まる。セシルは朦朧とする頭で必死に思考を巡らした。弱いところを徹底的に責め立てられ今にも達しそうなほど感度が高まった状態にあり、更に、漏らしてしまう寸前まできている。しかし、あと10分さえ我慢すればその時点で身体を解放され、残りの写真も全て返すと彼は言っている。自分にとって極めて有利な賭けに思えた。のるべきかそるべきか、既に答えは見えていた。たった10分の苦痛と、残り4日間の苦痛。どちらを取るかなど、天秤に掛けるまでもなかった。それがベイガンの仕掛けた罠だとも知らず、セシルは震える声で言った。
「……わかっ、た」
 提案に乗った時点で失着だということにセシルは気付いていない。ベイガンは口端を吊り上げ、自身の胸ポケットから彼を更に追いつめるための“道具”をおもむろに取り出した。
「今から10分。せいぜい、頑張って下さいよ」


9バツセシ、学パロ、真っ黒バッツ。※バッツの容姿はアナザー設定。暴力表現を含みます。バッツの性格が破綻気味です、ご注意ください

 仲間達の話し声が耳に入り、慌てたセシルがとっさに体を捻ると、後ろから伸びた二つの手に両肩を掴まれた。するりと指先が腹部にまで伸び、羽交い締めされる格好となる。物が乱雑に置かれた“社会準備室”とは名ばかりの、埃っぽくて薄暗く、そして狭い空間。互いの息遣いがすぐ側にあるコンクリートの壁に反射し、共鳴しあう。
「……バッツ、もう、いいから……」
「良くないって。セシル、まだ満足してないだろ?俺そういうのいやなんだよ」
 言いしな二本の指が押し込まれ、つい先程出されたばかりの白濁が溢れ出し、やがて臀部を伝って床に零れる。ひっと悲鳴を上げかけたセシルの口を、俄かにバッツの手が塞いだ。幼い子供をたしためるような口調でセシル、と名を呼ばれる。
「大きな声出したらバレちゃうぜ。俺は別に構わないけど、いいのか?」
「……ごめんなさい」
 セシルの口から思いがけず飛び出た殊勝な言葉にバッツはふっと苦笑した。ごめんなさい、か――。本来ならば謝るべきは自分の方だ。
 汚れ一つない真っ白の和紙を見れば、黒い墨汁を垂らしたくなる。降り積もった光り輝く銀世界を見れば、土足で踏み荒らしたくなる。誰もが持ち合わせている、些細で素朴な黒い感情。その割合が、ほんの少し、他者より多くを占めているらしかった。
 彼とのセックスに、刹那的な快楽を求めているわけではない。挿入し、達することは自分にとってあくまでも手段であり、目的じゃない。ただ純粋に、抱いてやることで彼がどうなるかを知りたかった。それは初めて鍵盤に触れた子供の気持ちに似ていた。一つ一つの鍵盤の音色を確かめるように、身体のあちこちに触れてみる。初めて繋がった時、セシルは終始身体を震わせ、怯えていた。念の為と後ろ手に縛っていた両手首は真っ赤に擦り切れていて、哀れに思いそっと指先で撫でてやれば、彼は悲鳴を上げて後退りした。月白の瞳が心細げに揺らめき、桜色の唇は血の気を失い、小刻みに震えていた。

 ああ、そのカオ、すっごくイイな――。

 ぞくぞくした。もっと色んな表情を見てみたくなった。何かが壊れる音が聞こえた。覆水は、二度と盆には返らない。
 無理やり立たせたセシルの身体を壁に押し付け、後ろから挿入する。繋がったそこに人指し指を這わせ、そっと中に押し込むと、彼はびくりと全身を震わせ、口元に手をあてがい声が漏れるのを抑えていた。
「……んっ……!」
「だから、声大きいって」
「ぬ、いっ……」
「ん?何か言ったか?」
「ゆ、び……ぬいっ……て……」
 セシルの懇願を聞き、バッツは半ば衝動的に、彼の小さな頭を掴み壁に叩き付けていた。
「っ……!」
「ごめんな。痛かった?」
 無言のまま、首を左右に振るセシル。柔らかな髪が揺れ、剥き出しになった白いうなじに歯を立てた。反射的に前のめりになった彼の身体を自分の方に引き寄せ、鉄の味がした所で漸く顔を離す。口元についた血を拭い、陶磁器の肌にくっきりとついた歯型を指でなぞりながら、セシル、ともう一度名前を呼んだ。彼は何も答えない。ただ、静かに肩を震わせていた。鼻をすするような音が聞こえる。横から顔を覗いてみると、頬の滑らかな曲線を一筋の涙が伝って流れた。

 あーあ、泣いちゃった――って、もしかして俺のせい?

 自分に問いかけ、ははっと笑い声が漏れた。すすり泣くセシルの頭に手を伸ばし、赤ん坊をあやすようによしよしと撫でてやる。先ほど自分がつけた血のついた歯型を舐め、甘えるような声でバッツは言った。
「ごめんな、中断しちゃって。さあさっきの話の続きだ。指、どうして欲しいんだっけ」
「……何でも……ない」
「いいのか?言いたいことは言っちゃえよ」
「もう、いい……」
「そっか。それならいいんだ」
 いつの間にか、壁の外から聞こえていた筈の友人達の話し声がなくなっていた。昼休みが終わり、午後の授業が始まってしまったようだ。
 バッツは腰を引き、自身と指を抜き去るとセシルの身体を解放した。はだけていたシャツのボタンを留め、ズボンのファスナーを上げる。荒い呼吸を繰り返し床に崩れていた全裸の彼の肩に手をかけ、そのまま後ろに突き飛ばした。ダンボールの山に頭をぶつけたセシルがうっと呻くのも構わず、足首を掴むと天井に高く掲げ、ポケットから取り出した小さな玩具を先ほど繋がっていた場所にいつものように挿れてやる。玩具から伸びた紐を太ももに巻きつけ、固定してから下着を履かせ、制服を整えさせた。
 床に手をつき、うなだれたまま動かないセシルの前にしゃがみこむ。恐る恐る顔を上げた彼の不安げな表情に笑いかけ、額に軽く口付けた。
「セシル、先に言ってろよ。俺は後片付けしてから行く。なっ?」
 無言で頷き、セシルはおもむろに立ち上がった。入れられた玩具の感触が気になるのか、足元が覚束ない。時折ふらつきながらも準備室を出ていった彼の姿が見えなくなったところで、外からセシルの声が聞こえた。細かい台詞までは聞き取れなかったが、何かに驚いているようだった。怪訝に思ったバッツが部屋から顔を出すと、静まり返った廊下に二人の生徒の姿があった。真っ青な顔をしたセシルと、戸惑った表情を浮かべるスコール。予想外の姿をとらえたバッツは目を見開き、やがて口角を上げてみせた。自身もまた廊下に出て、青ざめたセシルの腕を掴む。正面に立つスコールの顔を上目遣いに見つめると、彼は気まずそうに目をそらした。
「スコール、もしかして見ちゃったのか?」
「……何のことだ」
「顔、真っ赤だぜ。なあセシル」
 セシルは唇をかみ締め、下を向いたまま動かない。バッツは腕を掴んでいた手に力をこめた。
「でもさあ、こっそり覗き見なんて趣味悪いぜ?」
「だから、何のこ――」
「見たんだろ。俺たちがしてるの」
「……してるって、何を……」
「そんなに言って欲しいのか?」
 そう切り返すと、スコールは黙り込んだ。図星だな、とバッツは思った。不遇にも彼は自分達のセックスを目撃してしまったらしい。さてどうしようか――バッツは口元に手をあてがい暫くの間考え込んだ。セシルがまるでこの世の終わりのような顔をするので、ここままスコールを帰す訳にはいかなそうだ。その瞬間、妙案が頭に浮かんだ。そうだ、帰せないのなら、いっそこちら側に引きずり込んでしまえばいいのだ。共犯者――ああ、中々いい響き。そういうシチュエーションも、結構楽しめそうだ。
 バッツはセシルに耳打ちした。話す内にセシルの目が見開かれる。そんな、できない、と小声で反論する彼の臀部をズボンの上から揉みしだき、指の腹でぐりぐりと押さえつけた。セシルの足が崩れ、その場にしゃがみこんでしまった。
「本当にできない?」
「……る」
「え?何だって」
「……やる、よ」
 ゆらりと立ち上がり、セシルがスコールの前に迫った。彼の首に手を回し、唇にそっと口付ける。ますます赤面し腰を抜かしたスコールと、その上に馬乗りになったセシルを見下ろし、バッツは腕を組んで微笑を浮かべた。
 また一つ、楽しいコトが増えた。


END
陽気で可愛いバッツファンの皆さま、本当に申し訳ありませんでした。この後は3Pフラg(ry





10 現代設定 リチャード&ベイガン×セシル

 今まさに自分の眼前で繰り広げられている光景に、リチャードは眉をひそめた。我が子のように思ってきた少年――漆黒のシフォンが折り重なったドレスに身を包んだその姿は可憐で妖艶な美少女のようで――の淡い桜色の口元からしきりに漏れる切ない吐息が鼓膜を妖しく撫で上げる。
「ベイガン……今すぐやめるんだ」
 声が上擦るのを必死で堪え、ベイガンの行動を咎める。彼は弄っていた少年の胸元から手を離しはしたが、膝に座らせていたその身体を抱え直すと、リチャードに見せつけるようにスカートを腰元までめくり上げた。
 少年が叫んだのとほぼ同時に、激しい振動音が響き渡る。後ろからベイガンの手が伸び、少年の華奢な両脚が左右に大きく開かれた。リチャードは顔を背けた。音の発信源は、少年の体内に埋められた男性器を象った玩具だった。
「リチャード殿、貴方は大きな勘違いをしているようだ。セシル君は貴方が思っているほど純粋な子ではありませんよ」
 玩具を抜き取り、振動を続けるそれをセシルの胸元にそっとあてがう。
「あああっ」
 小さな先端に触れた瞬間、セシルが髪を振り乱し悲鳴に近い声を上げた。しかしそれは苦痛の類ではなく、むしろ歓喜の色を含んでいるようにさえ思えた。リチャードは自分の耳を疑った。
 息子の親友として毎日のように我が家に遊びに来るこの子のことを、自分はよく知っている。優しく穏やかな気性で、臆病な面を持つ一方、時には周りを驚かす大胆な行動を見せる不思議な少年。雪のように白く透き通った肌や恐ろしく整った顔立ちから、息子に連れられ初めて我が家を訪ねて来た時はてっきり女の子だと思ってしまった。セシルの両親は彼が幼い頃他界しており、古くからの製薬会社一族であり町一番の資産家でもあるバロン家に引き取られたと聞いている。セシルの義父、つまり社長の第一秘書で教育係も任されているベイガンとは学生時代からの古い知り合いで、その縁もあってか、ハイウィンド家に彼ら二人を招くことがしばしばあった。
「んっ……んんっ……」
「ほら、ご覧なさい。セシル君は貴方に見られてずいぶん興奮しているようだ」
 胸元を弄っていた玩具を口に押し込み、セシルの立ち上がりつつある中心部を強引に持ち上げ、先端から滲む透明の液を指で掬う。声を出すことさえ許されなくなった彼は目尻に涙を溜め、開いた口端からは唾液がだらしなくこぼれ落ちる。普段の様子からは想像もつかない乱れきったセシルの姿に、次第に目が離せなくなっていた。こんなことはあってはならない――分かっているのに、力付くでも旧友の暴走を止めようとはしない自分がいた。
 改めてセシルの全身を上から下まで眺め回す。胸元が大きく破られた漆黒のドレスは彼のきめ細かな白い肌をより鮮明に浮き立たせ、倒錯めいた色気があった。よく見れば手足の指の先には紫のマニキュアが塗られている。目元や口元にもうっすらと化粧を施されているようだった。
「……リチャード殿。そうやって見ているだけで本当にいいんですか?」
 ベイガンの呼びかけに思わずハッと顔を上げる。しかし挑発に乗ってはいけない。彼は自分を闇に引きずり込もうとしているのだ。
「あ、あああっ」
 先程まで性器を弄っていたベイガンの指先が、胸元の突起を転がす。漸く玩具が口から抜かれセシルは甲高い声で喘いだ。それは明らかに初めてではない反応だった。妖艶に乱れるセシルの姿が自分を惑わす。もはや、息子の親友という視線で彼を見ることは出来そうになかった。
「ほら、セシル君。君の特技を彼に見せてあげなさい」
 そう促され、セシルは素直に頷くと身体をくるりと反転させた。ひざまずき、ベイガンの服の上から股間を数回撫でた後、ファスナーをおもむろに下ろしていく。前を開け、下着の中から怒張したものを取り出す。何の躊躇いもなくセシルは小さな口一杯にそれを含んだ。淫猥な水音を立てながら頭を上下し、両手で周囲を撫で回している。リチャードはぐっと拳を握りしめた。不本意極まりなかったが、自身の下半身に熱が広がるのを抑えられない。
「そう……もっと奥までくわえなさい……そう、いつものようにするんですよ」
 いつものように――リチャードに聞かせたいのか、何度も強調するベイガンが忌々しい。教育係の名目の下、彼はこうしてセシルに奉仕を強要してきたのだろうか。彼の行為を両親は知っているのか。いや、知っている筈がなかった。ベイガンの行いを目の当たりにした以上、セシルの両親に知らせる義務が自分にはある。
「ベイガン……今回のことは、ご両親に」
「セシル君に義母様はいらっしゃいませんよ。ご存知ないのですか?」
「……ならば、義父上に言うまでだ」
「ほう、それは面白い。報告して下さって構いませんよ」
「何だと?どういう意味だ」
 リチャードの問い掛けには応えずベイガンはくくと笑い、セシルのスカートを再び腰元までめくりあげた。
「もう一つ大きな勘違いをしているようだ。この子をこんな風にしたのは私ではなく――」
 膝立ちのまま奉仕し、下半身をリチャードに向けて突き出した体勢のセシルの中に、ベイガンの指が侵入する。根元まで入った人差し指と中指の二本の指を上下に動かし、卑猥な音が嫌でもリチャードの耳に入ってきた。くわえていた性器から口を離し、肩を震わせ甘い喘ぎ声を上げたセシルの頭を自らの股間に押さえ付けながら、ベイガンは続けて言った。
「セシル君の、義父様なんですよ」
 やがてセシルの中を荒々しく掻き回していた指先が抜かれ、リチャードの眼前に真っ白の双尻が晒された。つい先程までベイガンの指に犯されていたそこは些か痙攣し淡く充血しており、新たな侵入者を待ち望んでいるかのようにも見えた。
 ベイガンの言葉に嘘偽りがないのだとすれば、義父が元凶ということになる。男の性器を愛おしそうに奉仕するセシルの姿を凝視するうち、リチャードの中で何かが壊れた。ふらふらと彼らに近付き、気付けば自らの股間をはだけていた。セシルの細腰を抱え、雄々しく勃ち上がった自身をあてがう。半ば無意識の状態で挿入を果たしていた。
「ああああっ!」
 突然のことに驚いたのか、セシルが逃げるようにその身をよじる。リチャードは直ぐさま手に力を入れ、彼の身体を拘束した。久しく忘れていた性的な快楽に頭の中が支配され、目の前の淫乱な肉体に溺れることしか考えられなくなっていた。何度となく自らの腰を打ち付ける。挿入したそこに指をそっと差し入れ、粘膜を擦ってやるとセシルが愛らしい声で鳴いた。彼の声をもっともっと聞きたくなった。リチャードはセシルの身体をベイガンから引きはがし、中途半端に纏っていたドレスを乱暴に脱がせ、自分の上に向かい合わせに座らせた。柔らかな首に噛み付き、指先で胸元の突起を掴む。やれやれと一人ごち、立ち上がったベイガンが真横に立ち、セシルの前髪を持ち上げ頬や額に性器をあてがう。やがて口の中にものを押し込んだのを見て、リチャードもまた下から自身を挿入した。
「ふっ、んんっ、んっ」
 若い肉体を二人掛かりで蹂躙し、彼らはほとんど同時にセシルの中で達していた。長い絶頂が続き、落ち着いてきた所でそっと身体を持ち上げ引き抜いてやる。床に倒れ込んだセシルの口元や太股には男達に汚された証が付着していた。収まったはずの欲求が再び頭を擡げるのに、時間はそう掛からなかった。



***




「セシル?どうしたんだよ」
「ううん、何でもない」
 窓の外をじっと見つめていたセシルに、カインが怪訝そうに問い掛ける。程なくして、玄関先のドアが開かれる音が二階にいた二人の耳に響いた。
「リチャードさん、帰ってきたみたいだ」
「ああ……」
「どうしたんだよ。カインこそ様子が変だよ」
「……いや、何でもない」
 最近、父親の様子が何処かおかしい。威厳の塊だったリチャードのかつての姿は一向に影を潜め、最近では挙動不審な行動を取ったり、時には何かに怯えているようにさえ見えた。勤め先の会社で何かあったのかと思い、問い詰めたこともあったが彼は一切口を閉ざした。益々訳が分からなかった。
「ほら、下まで迎えに行こうよ」
 セシルがカインの手をぎゅっと握る。その瞬間、些か気持ちが浮上した。ああと頷き、カインもまた親友の手を握り返した。
「お帰りなさい、リチャードさん」
「ああ……来てたのか、セシル」
 一階の玄関先で父親を迎え入れる。小首を傾げ微笑むセシルと見つめ合うリチャードの姿を見やり、カインの心はざわついた。正体は分からないが、とてつもなく嫌な予感がしてならなかった。
 やがてリチャードの仕事の関係で、ハイウィンド家は海外に越すことになった。一時は淡い恋心さえ抱いていた親友と離れ離れになることは寂しかったが、心のどこかで安堵もしていた。父親も、以前のような威厳をすっかり取り戻してくれたようだった。
 それから数年が経った。親子で酒を飲み交わすようになり、不意に昔話に花が咲いた。かつての親友の話題になった時、リチャードが強い口調で言った。
「あの子は麻薬だ。お前は関わるな」
「……?」
 怪訝そうなカインを尻目に、きつい酒を一気に飲み干す。不意に古びた花瓶に素っ気なく挿された一輪の野薔薇が視界に入った。リチャードはそれを掴み、願うように呟いた。
「いつか、あの子を救ってやれる人間がきっと――。」


END



11 カイセシ(+α?)二人は大学生設定


 今はなき元植物研究部の部室はやや生薬臭かったが、今からする行為を考えればむしろ好都合なのかもしれない。
 ジェルで慣らしたそこに人差し指と中指をやや強引に押し込んだ。声を押し殺す彼の頭を空いた右手で優しく撫でつつ、第二関節辺りまで入った指をそっと折り曲げる。その瞬間、明らかに苦痛を含んだ痛々しい絶叫が室内中に響き渡った。滅多に人がこない古い棟だが、万が一でも外に誰かがいたらまずい。撫でていた手で彼の口を塞ごうとするより早く、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。彼の悲鳴は掻き消された。
「い、いたいっ……カイン、抜いてっ……!」
 言われるままカインは慌てて指を抜いた。十分なジェルで傷つけないように気を配っていたのだが、何が悪かったのだろう。しかしあまりに痛がる彼を無視してコトを進めるのは流石に憚られる(本音を言えば、それはそれで興趣深い気もするが)。カインは目の前にある彼の顔を覗き込み尋ねた。
「悪かったセシル。どこが痛かったんだ?」
 まだ痛むのか、眉間に皴が寄ったままだ。そんな表情もまた綺麗だなと呑気なことを思いながらセシルの回答を待つ。彼はやがて口を開き、ぼそりと呟いた。
「……つめ」
「爪だって?」
 反射的に自分の指先を見る。先程までセシルの中に入っていたジェルまみれの人差し指と中指の爪は確かにやや伸びていた。しかしたった数ミリ伸びた爪が、そんなに痛いものだろうか。うたぐり深い性分故か、単にセシルは自分とセックスするのが嫌で適当な言い訳をしているのではないかという邪推じみた考えさえ生まれかけたが、彼が自分をどれだけ慕い好いているかは長い付き合いで十分理解しているので、それはないと直ぐさま考えを却下した。ではやはり、カインを好きで仕方ないセシルが全力で拒むほどに先程のアレは痛かったということか。甘えるように胸元にしがみついてくるセシルの前髪を避け額に口付け、再び顔を覗き込む。
「……我慢できないか?」
「ごめん、むりみたいだ……」
「セシル、お前は昔から我慢強いやつだったな。中学時代、ローザが作ってくれた劇的にまずい弁当をお前はいつも平らげていた。しかも、どうしても食べられない俺の分まで食べてくれたな」
「何言ってるんだ。とても美味しかったじゃないか」
「……ならば他の例だ。昔はよく風呂で耐久勝負をしたな。お前は熱い湯舟に真っ赤な顔して長い時間入っていられたが、俺は3分持たなかった。お前は俺が知る限りで一番我慢強い“漢”だ」
「ぼく熱いの平気なんだ。我慢したつもりないよ」
「……そういえばお前は確か、入試の時に酷い風邪をひいていたな。あんな状態でよく受かったものだ。お前の忍耐力には脱帽せざるを得ない」
「ねえカイン、さっきからどうしたの。カインがぼくを誉めてくれるなんて気味が悪いよ」
 何故こいつはわからないのだ。要は“我慢強いお前なら、多少の痛みぐらい我慢できる。だから指を入れさせろ”と言いたいだけだ。しかし行間を読むという能力に著しく欠けた彼には全くもって伝わらなかったようだ。カインは変化球を引っ込めて、直球のストレートを彼に向かって投げつけた。
「……もう一度、指を入れてみていいか」
「いやだよ」
 ストレートの球は華麗に返され、ホームランを打ち込まれた。この世のものとは思えないローザの料理を食べられるなら、少々爪が伸びた指を入れられる程度のことなら容易いはずだ。何故我慢してくれないのだ。セシルの我儘(我儘なのはカインだと、本人は気付いていない)にだんだん腹が立ってきた。いっそ指で慣らさずに自身を挿入してしまおうか。いや、そういう問題ではない。ただただ自分は、指を中に入れるのが好きなのだ!
「セシル……俺が好きなら我慢しろ」
「これだけは我慢できない。本当に痛かったんだ」
「この前は痛がらなかっただろ」
「きっと爪を切った直後だったんじゃないかな。お願いだよカイン、爪短く切ってきて」
「……今からか?」
「ああ。無理なら、また今度にしよう?」
 なんて酷いことを言う奴だ。小首を可愛らしく傾げながら悪魔のセリフを放つセシル。一度沸き起こってしまった性欲を無かったことにするのは難しい――それは男であるセシルもまた同じはずだ。
「……それは出来ん。いいか、爪を切って来るからそこで待ってろ。必ず戻ってくる」
「でも4限はぼく達授業だろ。間に合わなかったらどうするの」
「どうせ一般教養だ。“自主休講”すればいい」
 カインは備え付けの水道で手を洗い、セシルを置いて部屋を出た。新しい研究施設が建った関係で、ここの古い研究棟は今ではほとんど使われていない。しんとした建物内に階段を駆け降りる音が響く。向かうのは本部棟の地下一階にある大学生協だ。中身はほとんどコンビニと変わらないから、あそこなら爪切りぐらい置いているはずだ。古びた棟を出て、雑草だらけの旧植物園を小走りで横切る。更にいくつかの学部の校舎の間をくぐり抜け、ようやく本部棟に到着した。学生達が屯する入口すぐのホールから地下に繋がる階段を降りれば左手には地下食堂、右手に目的の生協がある。しかし、生協のガラス扉はシャッターで固く塞がれていた。カインは目を見開いた。角が破れた小汚い貼紙には手書きで“改装中につき、10日間休業します”と書かれていた。やり場のない怒りが込み上げ、思わずすぐそばの壁を叩いていた。大学は田舎の辺鄙な場所にあり、車を持っていない学生はいったんバスに乗って構内に入ってしまえば、容易に外出する訳にはいかない。周囲にあるのは畑や森で、コンビニの一軒さえないため大学内にある生協だけが頼りなのだ。それなのに――!
 カインは携帯電話を取り出し、数少ない友人達に電話をかけた。そして電話に出た友人に片っ端から爪切りの有無を尋ねたが、返ってくる返事はいつも同じで、持っている者はいなかった。男性陣には元々期待していなかったが、いわゆる女子力とやらが強そうな、頼みの綱でもあったユウナやティファでさえ持ち歩いていないらしく、カインは絶望的な気分で最後の相手に電話をかけた。身嗜みに気を使う女性陣やスコールでさえ持っていなかったのだから彼が持っているとは到底思えないが、それでも一縷の望みをこめて相手が電話に出るのをじっと待つ。やがて発信音が切れ、通話の合図が聞こえた。聞こえてきたのは予想していた彼の声ではなかった。
「はい。こちらストライフデリバリーサービスです」
「……?すみません、間違えました」
 バッツに掛けたはずが、クラウドと似た声色の男が出た。掛け間違えだろうかと思いすぐさま発信履歴を確認する。おかしい、ちゃんと液晶には“○○月○月日13時25分バッツ・クラウザー”と表示されている。以前にも電話を掛けたことがあるから、登録番号が誤りだとは考えにくい。
 不審に思いながらもカインはもう一度電話をかけた。今度はすぐに出た。バッツの声がした。
「へへっわりーわりー、さっきのはクラウドのマネしただけだ。でも似てただろ?」
「……そういうことだったのか。バッツ、そんなことより爪切」
「あとはそうだなあ、“燦然と輝け!”この前の劇でセシルが言ったセリフ。似てるか?」
「ああ、似てるさ驚いたな。それで、爪切りを」
「“いっちょあがりィ〜!”これはジタンだな。ジタンはマネしやすいんだよな」
「……バッツ。頼むから俺の話を聞いてくれんか」
「ん、ああそうだったな。なんだっけ?」
「爪切り、持ってないか」
「持ってるぜ」
「自宅に、という意味じゃないぞ。いま持っているかという意味だ」
「ああ、リュックに入れっぱなしだ」
 全く期待していなかった彼がまさかの唯一の保持者だったとは。モノマネショーに付き合った甲斐があった。聞けばバッツはいまもう一つの食堂にいるらしい。カインは全速力でそこに向かった。彼から爪切りを受け取り、近くのトイレに入り念入りに爪を切る。ここまで面倒な思いをした挙げ句またも痛がられてはたまらないから、皮膚のぎりぎりまで深爪気味に整えた。
 再び研究棟に戻り、セシルの待つ部屋の扉を開く。腕時計を見遣ればかれこれ30分以上経過していたようだった。待たせて悪かったなセシル――そう言い生薬臭い室内に入ると、いる筈のセシルの姿が何処にもなかった。確かに先程まで机に置いてあったはずの、彼の鞄もなくなっていた。部屋中を見渡すと、黒板には生協の貼紙と張れるほど汚い字で彼の書き置きがしてあった。
「やっぱり4限は出ないと。マティウス先生は出席厳しいんだから。先に行って待ってるね。 セシル」
 一体この仕打ちは何なのだ、肩透かしにも程がある。というか、携帯を持たないクソ真面目の原始人め!
 どうせ授業に出ると決めたならメールで連絡して欲しかったが、セシルは今時携帯電話を持っていない。こんな辺鄙な研究棟まで全力疾走して戻ってきた意味を失い、全身から力が抜けた。近くの椅子にへなりと座り、大きく溜息を吐く。
「……今夜覚えてろ」
 静かに呟き、左手の深爪を見下ろした。



***



 後ろ手にさせた両手首にタオルを宛がい、その上から太めの縄で縛ってやる。不安げに見上げるセシルとは敢えて視線を合わせず、ベッドの足に回した縄と両手首から伸びたそれを結び付けた。
「カイン、これ……」
 セシルの問い掛けには応えず、カインはセシルの後頭部を左手でぐいと引き寄せ口付けた。桜色の柔らかな唇を存分に吸い、舌を歯列の先に差し入れる。それに応じるようにおずおずと舌を絡めてきた彼の首筋に右手を這わせ、段々と下に下ろす。濃厚なキスを音をわざとらしく立てながら交わしつつ、セシルのシャツのボタンを器用に外していった。
 色素の薄い胸元の突起を転がし、指の腹で押し潰す。びくりと肩を震わせ逃げ腰になったセシルの肩を掴み、突起を殊更しつこく弄ってやる。
「んっ……」
 重ねていた唇を離し、互いの吐息を感じるほどの至近距離でセシルの顔を観察しながら時おり頬や額に口付ける。敏感な場所を刺激され、頬をほんのり赤く染めて切ない声を漏らすセシルの淫らな姿にぞくぞくした。シャツを残して着ていた衣類を全て脱がせ、足の指先を舐める。真っ白のふくらはぎから膝裏までを指でなぞり、手を上に這わせ太股を撫でる。後ろ手に縄で拘束されたセシルは体をねじる程度の抵抗しか出来ず、自分の為すがままに反応し、目尻に涙を溜めて喘ぐ――その姿に興奮し、自身に熱が集まってきた。
 カインは大学用のバッグからジェルを取り出し手に出した。深爪の指を確認した後、足首を持ち上げる。腰を引き寄せ、指の腹で入り口にジェルを塗る。人差し指の先を押し込み、更に中指もやや強引に入れた。セシルがはあっと溜息をつき、カインの前髪をくすぐる。二本の指をゆっくり奥深くに進ませて、昼過ぎと同じようにそっと折り曲げてみた。悲鳴は上がらなかった。
「あっ……あ……」
 壁を擦るように二本の指を動かし、更に上下に出し入れする。ぐちゅ、ぐちゅと淫猥な音がする。動きに合わせるようにセシルの口からは喘ぎ声が漏れた。気を良くしたカインは更に指を増やした。彼は左右に首を振って掠れた声で懇願してきた。
「ま、待っ……んん、ああっ」
「待てだと?嘘をつくな……せっかく爪を切ったんだ、何本まで入るか試してみるか?」
「い、いやだ……っ……カイン、はやく」
「早く、どうした?わからんな」
 上目遣いにカインを見上げるセシルの翡翠色の瞳が熱っぽく訴えてくる。はやく、はやくカインと繋がりたい、と。すっかり勃ち上がった自身もまた直ぐにでもセシルと交わりたがっているようだったが、今日自分が受けた仕打ちの意趣返しもこめてセシルの望みは却下した。指を三本に増やして激しく出し入れを繰り返してやる。さらに胸元の突起を舐めてやれば、彼は髪を振り乱して大きく喘いだ。
「あっ、はあっ、ああっ」
 絶頂に至る程ではない快感を断続的に与えられるのが苦しいらしく、指を抜いてくれとセシルが何度も訴えてくる。その声を一切無視し、中を乱暴に掻き回す。更にカインは一度もセシルの自身に手を触れてやらなかった。それが余計に焦れったいのか、行き場のない快感が蓄積したセシルはとうとう泣き始めてしまった。子供のようにぼろぼろと泣きじゃくり、カイン、お願い、とやや舌足らずな口調で言う。
 セシルは自分が喜ぶ態度や仕種を無意識に心得ている節がある。いつもならこんな風に懇願されれば素直に言うことを聞いてやる所だが、結局は彼の思い通りになるのが何となく悔しかった。カインはセシルに軽く口付け、涙を指で拭いながら耳元で囁いた。
「そんなに入れて欲しいなら、俺をその気にさせればいい」
「……どうすればいいの?」
 涙の筋をいくつも作り、涙で濡れた瞳でカインを見上げ、素直に尋ねてくるセシルに愛しさが込み上げる。しかし、今日ばかりはその手には乗らんぞ――!
 カインはセシルの前に膝立ちになり、すでに膨らんだ股間を指した。ジーンズのボタンを外し彼の前髪を掴み、努めて冷たい目で見下ろす。行間を読めないセシルも流石に意図を察したようで、彼はジーンズのファスナーを口にくわえた。前歯で挟み、ゆっくりと下に下ろす。あまりに従順なセシルの姿に異常な興奮を覚えた。無性に嗜虐的な感情が沸き起こり、口だけで脱がせることに苦戦するセシルの様をじいっと見下ろす。
 程なく経ち四苦八苦しつつもジーンズをはだけて膝上まで下ろすることに成功すると、セシルは下着の裾を歯で噛んだ。頭を下にずらし、ゆっくりと引き下ろす。しかしゴムが入っているそれは意外にも頑固にその場を動こうとはせず、何度もくわえ直しては少しづつ少しづつ下ろしていった。やがて中から勃ったペニスが顔を出すと、セシルは躊躇いなく先端を口にくわえた。ねっとりと温かな粘膜が絡み付いてくる。カインは両手でセシルの頭を押さえた。彼の頭を前後に揺すり、口の中を荒々しく蹂躙する。
「ふうっ、んんっ」
 いつもならば可哀相に思うセシルの苦しそうな声も一層興奮を煽る。絶頂が近付いてくる。このまま口の中に出して全て飲ませてしまおうか。いや、それとも――。
「……っ」
 絶頂に達したカインはセシルの口から素早くペニスを引き抜いた。唾液の糸がひいた先端を彼の頬にぐいと擦り付けるようにあてがい、欲望を勢いよく吐き出す。セシルの美しい顔中にべったりと付着した白濁は綺麗なものを踏みにじる征服欲を際限なく刺激した。いったんは萎えたペニスは直ぐさま熱を帯びはじめる。高揚した気分のまま、カインはセシルの身体をひっくり返した。彼の頭をシーツに押し付け、腰を高く抱え持ち上げ、勃ちあがった自身を入り口にぬちゅりと合わせる。
「あ……っ」
 セシルが長らく欲していた自身の先端だけを押し込み、いったん引き抜く。
「これが欲しいのか?セシル」
 白い尻をペニスで叩き、三流の官能小説にありがちなベタな台詞が勝手に口から飛び出していた。白けさせてしまったかと一瞬は危惧したが、セシルはシーツに埋めていた顔を振り向かせ、素直にこくこくと頷いた。カインは改めて思った。
 やはりセシルは、その辺のどんな女よりもはるかに可愛い……。
「あっ、んああっ、カイン、カインっ」
 揺さ振り、自身で突いてやる度に甲高い声を上げて自分の名前を呼ぶセシル。愛しくてたまらない。カインはセシルを後ろから抱きしめた。うなじに口付け、胸元に手を這わせる。
「……セシルっ……」
 カインが達するほぼ同時に、セシルもまた肩を震わせ絶頂に達した。先程と同様に中には出さず、素早く引き抜きぬめった入り口周辺に精を放つ。出しきったところで一息つき、ベッドに俯せになり肩で息をするセシルの縛った両手首を解放した。仰向けに向きを変えさせ、頭先に跨がる。
「ほら、掃除しろ」
 ベタな台詞を言い放つのが段々楽しくなってきた。予想通り、セシルは素直にそれに応じた。長くて綺麗な10本の指でペニスを支え、濡れた赤い舌を出して付着した白濁をせっせと舐め取る。時折、上目遣いに見つめてくるのがたまらなかった。
「セシル、それぐらいでいい。シャワー浴びるか?」
 ペニスから口を離したセシルは妖艶に微笑み、そして言った。
「ああ……カインも一緒に、だろ?」
 



***




 2限目が終わり、男子トイレで用を足していたカインの隣にバッツが並んだ。よお、と声をかけられる。カインは素早く自身をしまった。セシルならともかく、他人と並んで用を足している自分の姿を想像するとあまりに間抜けで耐えられないのだ。なぜ女子だけが個室を与えられるのだ。男女平等なんて口先だけの世の中だ。
「おおっ、カイン意外と立派だな!俺とタメ張れるぜ、お前!」
「……そうか。俺は次も授業があるから、じゃあな」
「――深爪だなあ、お前」
 豪快に仁王立ちし、てやっ、と便器の汚れ目掛けて用を足すバッツの呟いた一言に足を止める。
「……何だって?」
「いや、お前ずいぶん深爪だなあと思ってさ。この前も爪切り貸してくれって言ってきただろ。それに、最近携帯に簡易爪切り付きのストラップ下げてるよな、カイン」
 なんて目敏いヤツなんだ――!
 しかし指摘を否定する理由もないので、ああ、とおざなりに頷きながら適当な理由を頭の中で考える。
「この前の実習の時、爪の内側に薬品が入ってな。拭き取り難かったからそれ以来はこうして常に深爪にして――」
「アイツ、やたらと痛がるよな。爪に対してだけさ」
「……?」
 飄々としたバッツの言葉が宙を舞い、意味を捕まえることが出来ない。返答に窮するカインの傍ら彼は右手を上げ、手の甲側を指を揃えて見せてきた。先端を見遣る。深爪だった。
「ナニしても痛がらないくせに、なんで爪だけ弱いんだろうな」
 どう思う?とバッツは不思議そうに小首を傾げ、洗ってない左手をカインの肩にポンと置いた。その時、ずるりと尻ポケットに入れていた携帯電話が床に落ち、付けたばかりの爪切り付きストラップが音を立てて転がった。
 あーあーと床に落ちた爪切りと携帯電話をバッツが拾う。それらを手渡すと彼は爽やかに笑み、呆然と立ち尽くすカインの耳元に顔を寄せた。
「……なあ、今度三人でやるか?」
 口説くように囁かれ、ぎゅっと股間を掴まれる。
 手からするりと抜け落ちた爪切りが、再びトイレの床に音を立てて転がった。


 セシル……お前って奴は……!!!!



END


戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送