二人の騎士




 昔から、秘密めいた場所を見つけるのはいつも決まってカインでした。
 町の北の雑木林に建つ古い廃屋、城の裏手にある小さな鍾乳洞、バロン川上流近くにある不思議な祠。その日、僕達はバロン中央図書館の自習スペースで勉強をしていました。学校を卒業して軍に入隊した後も、初めの3年間は年1回催される、軍法や基礎知識を問う共通試験にパスする必要があるのです。分厚い参考書を広げ、古今東西様々な武器の名前をノートに書き写していると、先ほどトイレに立っていたカインが戻って来ました。彼は僕の肩を叩くと、耳元に顔を近付け、小声でひそひそと囁きました。
「セシル、ちょっと来い」
「え、何?」
「いいから。ほら早く」
 机の上に広げた筆記具やノートはそのままに、僕はカインの後ろをついていきました。
 図書館は3階建ての構造で、自習スペースは2階にあります。建物の中心を走る螺旋階段を下り、僕達は1階に降りました。階段近くの児童書の棚を横切り、壁際に並ぶ歴代のバロン王の石像の前まで着くと、カインは辺りを見回しました。そして、誰もいないことを確認し、初代王の像が手に持っていたクリスタルのレプリカを、そっと抜き取ったのです。
「なあカイン、こんなことしていいのか?」
「誰もいないから大丈夫だろ。――ほら、それより見てみろセシル」
 彼に促され石像の方を振り向くと、王がもう片方の手に持っていた盾の表面が淡い光を帯び始め、暫くすると、古代文字のようなものが浮かび上がってきたのです。
「わあっ!びっくりした……これって何て書いてあるのかな」
「辞書で調べた。まあ要は“呪文を唱えたら隠された扉が開く”って意味らしい」
「呪文?」
「ほら、石像のここに古代文字が刻んであるだろ。多分これだ」
「隠された扉が開く……か。危険かもしれないし、気味が悪いからとりあえず誰かに報告した方がいいね」
「バカかお前は。俺達が今から行くんだよ」
「何言ってるんだよ。そんなことしたら叱られるじゃないか」
「そんなこと言って、お前だって少しは見てみたいだろ?」
「まあ……そりゃ……」
「じゃあ決まりだ。この紙に呪文の読み仮名を書いておいたから、一瞬に唱えてみようぜ」
 カインに押し切られる形で僕は渋々了承しました。石像の前に並んで立ち、紙を見ながら書かれた呪文を詠唱します。次第に石像がガタガタと揺れ始め、黒い霧のような靄が石像を包み込んだかと思えば、今度は眩い白い光が現れて、僕達の足元に、正方形の穴が出現しました。覗き込んでみると、どうやら穴の先は、地下に続く階段のようです。
 石造りの階段を、手にしたランプで足元を確認しながらゆっくりと降りていきます。真っ直ぐ下に伸びた階段の先は真っ暗で、永遠に続いてるような錯覚にさえ襲われます。いつ終わりが来るのかも分からないまま、一歩一歩、石段を確実に踏みしめながら、僕達は地下深くに潜っていきました。
 やがて階段の終わりが来ました。その先にあった広い空間は、意外にも階上の図書館とほとんど変わらない構造でした。しかし、ずらりと並んだ書物はどれも背表紙に題名の記載がなく、それらが何を記した本なのか、外側からでは判別がつきません。薄暗くかび臭い広い部屋を一通り見て回ったあと、僕達は適当に目についた本を抜き取っては、中を確認していきました。そして、いくつかの本をパラパラと捲るうち、ここに保管された書物は、いわゆる禁断書なのだということが判りました。
 魔物を召還する魔法陣、洗脳術、不老不死に関する実験、魔女裁判――。なんだか気味が悪い本ばかりです。
「カイン、こんな本いつまでも見てたって意味ないだろ。戻ろうぜ」
「何だよ、びびってるのか?」
「違うよ!ただ勉強が――」
 カインに反論しかけた時、奥からガタッと物音が聞こえました。床を見れば黒くて大きな影が近付いてくるのが分かり、僕は息を呑みました。
「何者だ……今すぐに立ち去るがいい。さもなければ……」
 低く威圧的な声でそう言うと、黒い影が更にこちらに近付いてきます。僕達は影に背を向け、一目散にその場から逃げ出しました。
 階段を全速力で駆け上がりながら、本を手にしたままだったことに気付きました。しかし今さら後戻りする訳にもいきません。仕方ない、司書の人に正直に話してこれを返そう――。地上に着くと、辺りは既に真っ暗でした。ほんの少し地下にいただけだと思っていたのに、いつの間にか日が沈んでしまっていたようです。誰1人いない館内を見渡して、本の返却は明日にせざるを得ないと、僕はがっくり肩を落としました。
 そういえば閉館する前はいつも点検をするはずなのに、誰も穴には気付かなかったのかなと、ふと疑問に思いました。
 いったいいつから知っていたのか、カインが図書館の最奥にある本棚の仕掛けを外すと、隠し出口が現れました。外に出た僕達は街灯に照らされた歩道を歩き、やがて町外れの丘に着くと、並んで寝転がりました。昔からここは僕達の特等席です。空を見上げ、色々なことを語り合った、僕とカインにとって大切な場所。
「なあカイン、何だったんだろうあの大きな影……」
「さあな、聞いたことのない声だったが……。そういえばお前、ナイトになりたいって本当か?」
「ああ。陛下も喜んでくれると思うし」
「フッ、上空を俺が護って地上をお前を護るわけか」
「いつか、そうなれるように頑張るよ」
「お前ならなれるさ。俺の親友だからな」
「ああ……ありがとう、カイン」
 カインと、これからもずっとこうして並んで星空を眺めていたい――口には出しませんでしたが、空を眺めていた僕は、心の中でそんなことを考えていました。最近、カインのことをよく考えている気がします。理由は自分でもよく分かりません。ただ、子供の頃から兄弟のように連んできた彼に対して、時折、隣にいるのが無性に気恥ずかしい気分になる時があるのです。それは決まってカインが僕の肩に手を触れた時や、顔を間近に近付けて会話する時などで、その度に、1年前のトロイアでの、カインとの……あのことが、頭に蘇ってくるのです。
「セシル」
「ん……何だい?」
「俺は父を超える竜騎士に、お前は立派なナイトになる。これは男同士の神聖な約束だからな、誓いの儀式が必要だ」
「儀式?どうやるんだ?」
 カインが起き上がったので、僕も体を起こしました。彼は親指の先を歯でかじり、一瞬痛みに顔をしかめた後、傷口から血が出てくるのを確認すると、僕にも同じことをするよう促しました。頷き、カインに倣い親指をかじります。指の腹から赤い血がじんわりと滲んできました。彼曰わく、親指同士を合わせ、互いの血を混ぜ合えば、誓いの儀式が完了するとか。どこでそんな儀式を知ったのかと問えば、子供の頃何かの本で見ただけだと言っていました。
 おもむろに親指を重ね合うと、ぬるりと血の感触が伝わってきました。僕は目を閉じました。きっと立派なナイトになって、カインと共にバロンを守っていこう――。そう心に誓いました。
 カインと別れ、城の自室に戻った僕は、机に向かって試験勉強を始めました。僕は如何せん引っ掛け問題に弱いらしく、たとえば伝説の聖剣を与えられた選択肢の中から選ぶ問いでは、エクスカリバーと見間違えてエクスカリパーを選んでしまったりします。そういった苦手事項を試験までに克服しなければならないので、明日は幸い休日ですし、今夜は徹夜することに決めました。
 2時間ほど経ったところで一旦休憩しようと椅子を引くと、図書館の地下から間違えて持ってきてしまった禁断書がふと視界に入りました。僕は何となくそれを手に取り、中をパラリと開いてみました。相変わらず見ていて楽しい気分になるような内容は皆無で、いくつかの項目を流し読みしていた時でした。何故か、無性に気になる記述を見つけたのです。それは“暗黒騎士”に関する内容でした。


【暗黒騎士】

 闇魔法が込められた漆黒の鎧を肉体に直接打ち込むことにより、暗黒の呪を唱えることが可能となる。なお暗黒の呪の発動には激痛を伴い、その際脳から出された大量の電気信号は鎧の纏う闇魔法によって強大なエネルギーへと増幅変換されたのち再び電気信号に還元され、それらが全身の筋肉に働きかけることにより爆発的な力を産み出す。苦痛の度合いと攻撃力は比例する。また、肉体を酷使するため暗黒騎士の寿命は極めて短い。


 説明文があり、隣のページには鎧の具体的な構造が描かれていました。一度暗黒を受け入れた魂は一生闇の餌食になるとも書かれており、次のページをめくると暗黒騎士の最期を描いた恐ろしく残酷な絵が載っていました。僕は慌てて本を閉じました。何でこんなものを読んでしまったんだろうと後悔しました。明日は朝一番でこれを返しに行こうと、鞄の奥に禁断書を押し込み、再び机に向かいます。しかし先ほど見た暗黒騎士の絵が忘れられず、結局勉強に集中することが出来ないまま、朝を迎えてしまいました。
 図書館が開くのは午前8時です。僕は鞄を持って7時50分に自室を出ました。一刻も早く返して、遅れた勉強を取り戻さないと――そんなことを考えながら塔の階段を降りきった所に、ベイガンが立っていました。
「お早うございますセシル殿」
「あれ、ベイガンじゃないか。いつ戻ってきたの?」
「予定が1日早まりましてね。陛下のご意志です」
「そうか、長旅お疲れ様。後で陛下にご挨拶に伺うよ」
「いいえ今すぐ来て下さい。だからこうしてお迎えにあがったのです」
「え、どうして?僕、今からちょっと図書館に……」
「陛下が今すぐ来るようにと仰っているのです。さあセシル殿、行きましょう」
「う、うん」
 陛下のご命令なら仕方ない、返却は後回しにするしかないと、ベイガンの後ろを歩きながら、僕は鞄の中にある本の感触を確かめました。
 そうだ、ナイトを志していることを報告しないと。きっと喜んで下さるに違いない。僕がナイトになることで、陛下から頂いた長年のご恩に漸く報いることが出来るのです。
 城の中央にある王の間を訪ねると、1ヶ月間の海外視察から戻られた陛下の姿がありました。いつもならベイガンはここで控えの間に下がるのですが、今日は王座の斜め後ろに立ち、その所為はまるで大臣のようでした。そのことに些かの違和感を感じながら、僕は陛下に向かい挨拶をしました。このような時はいつも、満面の笑みを浮かべた陛下が僕に何かしらのお言葉を掛けて下さるのですが、今日の陛下は無言のまま軽く頷いただけでした。何故だろう、いつもと同じはずの王の間が、違う空間にいるかのように思えました。
「セシルよ、今日はお前に大命を授けようと思う。心して聞くがいい」
 僕は頭を下げました。陛下の何時になく険しい口調からよほど重要な命令なのだということが感じられ、ぴりりとした緊張感が体中を包み込みます。
「小型飛空艇が完成したのは知っているな。そこで我がバロンに新たな軍団――飛空艇団を近々儲けるつもりだ。セシル、お前をその隊長に据えようと思う」
 飛空艇団の名は“赤い翼”に決まったと、ベイガンが横から口添えします。僕は言葉を詰まらせました。余りに唐突のことでうまく考えが纏まらず、何と言って返事をしたら良いのか分かりません。まだ陸兵団での経験も浅く、戦闘能力も客観的に見て未熟な僕が、飛空艇団の隊長なんて務まるのか……陛下はそんな僕の葛藤を見透かしたように、
「確かに今のお前では役者不足だな。お前は、周囲を納得させるだけの強い力を持たなくてはならん」
「しかし、どうすれば……」
「セシル・ハーヴィ。今一度お前に命令を授けよう。ベイガン、あれを」
 陛下が目配せすると、会釈したのちベイガンは部屋を出て行き、程なくして見慣れない漆黒の鎧を手にして戻ってきました。
 彼から鎧を手渡され、見た目以上に重いそれを眺めるうち、僕は既視感を覚えました。この鎧、どこかで見たことがある。つい最近、そうだ、昨日僕の部屋で――
 既視感の正体が明確な記憶となって蘇った時、陛下が僕に仰いました。
「セシルよ、お前は暗黒騎士になるのだ」
 昨夜、部屋で見た、あのおぞましい暗黒騎士の最期の絵が、僕の脳裏に広がりました。



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※ベイガンに対する口調ですが、赤い翼の隊長になる前は敬語かな?とも思ったのですが、1人ぐらいは子供時代からずっとタメ口きく相手がいても悪くないかな、と。



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