自覚


 フリオニールの体温は自分よりも高いのか、抱き締められ、密着した体はとても温かく居心地が良かった。セシルは抵抗するわけでもなく、抱き返すわけでもなく、ただじっとしていた。壊れた機械のように、行くなと何度も繰り返すフリオニール。こんなにも必死に引き留めて貰えることが嬉しかった。行ってこい、セシル――仲間にそう言われることが怖かったのだ。
 ありがとう、と言おうとしたその時、突然体を離された。フリオニールが顔を赤らめ、口元を手で覆う。見ていて哀れな程ひどく慌てた様子で、何をどう声を掛けるべきなのか逡巡していると、彼は突然立ち上がった。
「……す、すまん!何やってるんだ俺……」
「そんなに謝らないで。それより引き留めてくれてありがとう、フリオニール。……もう少し、考えてみるね」
 まるで母親に叱られた小さな子供のように、フリオニールは無言のまま小さく頷くと、自分のベッドに駆け込み布団を頭まで被ってしまった。盛り上がった布団を見やり、セシルはふっと苦笑した。自らもベッドに上がり、ベッドカバーを捲って寝転がった。様々な想いが交錯し合いなかなか寝付くことが出来なかったが、フリオニールに抱き締められた感触が未だ体に残っていて、温かい気持ちになれた。
 翌朝、出張から帰ったゴルベーザに真っ先に会いに行った。純粋に姿を見たいという気持ちもあったが、何よりも兄に助言を求めたかった。いつも一緒に寝ているセミダブルのベッドに腰掛けたセシルはバロン王の容態をゴルベーザに説明した。命に別状はないと聞いて、今まで強張っていた表情を浮かべていたゴルベーザの眉間の皺は些か浅くなった。
 王の話が終わるとセシルは黙り込んだ。その続きをなかなか言い出すことが出来ずにいた。自分の幼稚な考えを見抜かれ叱られるかもしれない。お前は騎士失格だと言われるかもしれない。
「セシル。どうした?」
「……えっと」
 言葉に詰まる。やはりもう少し時間を置いて、自分なりの結論を出してから話をした方がいいのだろうか。セシルが逡巡していると、ゴルベーザが隣に腰を下ろしてきた。セシル、と名前を呼ばれ、反射的に顔を上げる。
「悩んでいるのだろう、バロンに帰るべきかどうか」
「……どうして、それを」
「夜中の2時過ぎだったか。カインが突然訪ねて来たのだ。お前だと思って出迎えたらあいつが扉の前にいて驚いた」
「じゃあ、全部カインに聞いたの?」
「すまん。実は大抵のことは既に知っていた」
「そうだったんだ……」
「それと、セシルを引き留めるなと釘を刺された」 
「もう。カインってば」
「私は、お前を引き留めるつもりなどない」
「うん。分かってる」
「しかし、以前から考えていたことがある」
「……兄さん?」
 セシルの顔を見据え、暫くの間沈黙していたゴルベーザはやがて、おもむろに口を開いた。
「セシル。私は――」



***



 矢の残りが一本だと気付いた時、ほんの僅かの意識がそちらに分散してしまった。その一瞬の隙を突くように、ガンブレードの鋭い刃先が肩を掠め、フリオニールはとっさに身を翻すと、続け様に攻撃を繰り出すスコールに向かって槍を投げた。しかしそれも僅差で避けられ、仲間内でトップクラスの瞬発力を持つ彼がいつの間にか自分の真正面に迫っていた。やられる――ガードする暇もなく、スコールの強力な一撃がフリオニールの腹に入った。
「終わりだ!」
 容赦のない攻撃に、3メートル程後方まで吹き飛ばされた。全身を強かに打ちつけ暫くの間動くことが出来ずにいると、頭上から無言で手が差し出された。フリオニールはそれを取り、おもむろに立ち上がった。ありがとうと声を掛けると、スコールは小さく頷き、ガンブレードを肩に背負った。
 不意に時計を見やり、授業開始時刻が差し迫っていることに気付くと、二人は目と鼻の先にあるガーデンの東門に駆け出した。肩の傷や打撲の痛みを忘れるほど全力で疾走し、授業開始のブザーとほぼ同時に教室内に滑り込む。
 一番後ろの席を確保したティーダが大きく手を振り、誇らしげに隣の空席を指さしていた。無邪気な笑顔に頷き返し、彼の隣に座り込む。目の前にある端末機に指紋を翳し、モニターに本日の授業内容が映し出されるのを見て、横から顔を出したティーダがうんざりした口調で言った。
「朝一番で金ぴか皇帝サマの授業ってのもダルいッスね。早く昼ご飯食べてーなァ」
「まだ一時限目だろ。昼食まで四時間のガマンだな」
「ところでフリオニール、またスコールと朝の訓練?汗くさいッスよ」
「……汗くさくて悪かったな」
「怒んなって!あ、皇帝来たッスよ。あれっ?セシルもだ。あいつが遅刻なんて珍しいッスね」
 ティーダの言葉を聞き、フリオニールは顔を上げた。前方で、遅刻したセシルに向かって皇帝が延々と嫌味を言っているようだった。
 セシルの姿を見た瞬間、昨夜の抱擁を思い出し、一気に顔に熱が集まる。頭が真っ白になり、訳も分からず夢中で彼を抱き締めていた――。真っ赤になった表情をティーダに指摘されることを恐れ、フリオニールは机に顔を突っ伏した。皇帝の説教が終了した後、斜め前の開いた席にセシルが座らないことをひたすら願う。心の整理も付かぬ今の状態で、彼とまともに会話するなんて到底無理だ。何故あのような行動に出てしまったのか、自分なりに分析をしたかった。
 暫く時間が経った時、教室内にざわめきが起きた。それは突っ伏していたフリオニールの耳にも届いた。何事だろうかと思った時、隣にいたティーダがああっと大きな声を上げた。
「あーっ!皇帝がセシルのこと泣かしたッス!ひっでー!」
 教室中に聞こえる通った声でティーダがそう言い、フリオニールは反射的に飛び起きていた。視線を前方に移すなり、セシルが涙を流す姿が目に飛び込んできた。その横では、ティーダの言葉にひどく慌てた皇帝が上擦った声で、違う、私じゃない、私は知らん、と弁解を繰り返している。
 何故だ、どうしてお前は泣いてるんだ――セシルの側に駆け寄り、その涙を拭ってやりたい。
 皇帝の嫌味は今に始まったことではないし、彼の小言が原因で泣いたとは思えなかった。じっとしていることに耐えきれず、席を立とうとしたその時だった。
「そいつ、今朝から情緒不安定なんで。外に連れ出していいですか」
 自分よりも一足早く立ち上がったカインが、セシルを泣かした犯人だと騒がれ、何時になくうろたえる皇帝に向かって言った。彼は素早い動作でセシルの側に近寄り手首を掴むと、皇帝の返事も聞かないまま教室から出て行った。まただ、とフリオニールは思わず拳を握り締めていた。いつもカインに先を越される。彼に対抗心を燃やす理由は未だ頭の中で堂々巡りを繰り返している状態だったが、先立つ衝動が抑えられない。席を勢い良く立ち上がり、彼らの後を追い掛けようとした矢先、皇帝に名を呼ばれた。先ほどまでの狼狽とは打って変わりすっかりいつもの高飛車な様子に戻った彼は、杖の先をフリオニールに向け顎をしゃくった。
「おい、席に座れ。何をしている」
「おっ、俺も……セシルの様子を」
「そんなものはあいつに任せておけば良かろう。貴様、私の授業が聞けぬのか」
 皇帝の言い分は尤もであり、自分が彼らに付き添う必要性は確かにない。彼を納得させるだけの上手い反論も浮かばず、渋々再び腰を下ろした。90分の授業の間、フリオニールは終始上の空だった。先ほど見たセシルの泣き顔が頭から離れない。そして、一緒に教室を後にしたカインと一体どんなやり取りを交わしているのかが気になって仕方なかった。
 不意に、かつて目撃した二人の“取っ組み合い”を思い出した。セシルのはだけた胸元から覗く白い肌。そこに添えられたカインの手。
 今頃になって、何故あの時の光景が蘇ってきたのだろう。いや違う、そうではない。改めて想起したのではなく、常に頭の隅で引っかかっていたことだった。セシルとカインの間には、友情以上の何かを感じる――それを自覚することを、自分は拒み続けてきた。
 授業が終わり、フリオニールは一目散に教室から出て行った。ガーデン中を駆け、セシルの姿を探し回る。食堂の入り口で、ゴルベーザとすれ違った。一度は通り過ぎたものの、彼なら居場所を知っているかもしれないと思い、踵を返してゴルベーザの元に駆け寄る。セシルが何処にいるかを知らないかと問いかけると、彼は無言で食堂の扉を指した。中にいるらしいことが分かり、一礼した後再び足をそちらに向ける。走り出そうとしたフリオニールに、ゴルベーザが背後から声を掛けた。
「弟を、頼む。分かったな」
「……?」
 ゴルベーザの言葉の意味を考えつつ食堂の中に入る。一番奥のテーブルに、セシルとカインが座っていた。彼の姿を目にした瞬間、昨夜の抱擁による気まずさも頭から抜け落ち、フリオニールは彼らのもとに走り寄った。足音にいち早く気付いたカインがこちらに振り向き、目が合うなり憮然とした表情を作る。
「おい、セシル」
 カインに肩を揺すられ、セシルが俯いていた顔を上げた。フリオニールは彼のすぐ隣に腰掛け、セシル、と優しく名前を呼んだ。カインに対抗するように手首を握り、赤く腫らした顔をそっと覗き込む。
「どうしたんだよ、一体」
「……兄さんが……」
 言いしな、セシルは言葉にならない言葉を繰り返し、大粒の涙を零し始めた。



***



 クラウドのひどく落ち込んだ様子を見やり、ティーダがその落胆した背中を叩く。ヘディングとリフティングを数回ずつ交互に行い、華麗な技を披露しながら陽気な声で彼は言った。
「元気出せって!臨時講師としてたまには来るんだろ?」
「……ああ」
「それにさあ、バロンにもなんたらっていう機械導入して連絡つくようにするって言ってたじゃん。問題ないっスよ」
「……ああ」
「心配しなくても、ちゃーんと相談に乗ってくれるって」
「……ああ」
 何を言っても同じ返事が返ってくる。ティーダは遊んでいたボールを手に持ち、こりゃ重症ッスね、と呟いた。
 午後の訓練の一環として、トーナメント形式の試合をすることになった。第一試合のバッツとジタンの激しい攻防戦を観戦しながら、クラウドとは反対側に立つフリオニールに、ティーダが小声で話し掛けた。
「なんかさー、セシルより落ち込んでないか?クラウド。セフィロスのことで色々アドバイス貰ってたとはいえ、すっごい落ち込みようッスね」
「……確かにな」
「えっと、ゴルベーザはバロンに帰って、じいちゃんになってきた王様の側に仕えることにした……それでいいんだよな?」
「ああ。そんなところだ」
「そういうの、ゴルベーザらしいよな。クールなクラウドが頼りにしてたのも分かるッスよ」
「……ああ」
 フリオニールは横目で、離れた場所に立つセシルの姿を盗み見た。涙はすっかり止まったようで、真剣な眼差しでバッツ達の試合を目で追っているようだった。
 セシルが泣いていた原因は、ゴルベーザがバロンへの帰還を言い出したのが理由だった。悩むセシルに、自分が王を支えていくと弟に告げたゴルベーザは、既にその意志をシャントットにも伝えていた。教官として高い評価を受けていた彼は、今後は臨時講師として定期的にガーデンに派遣されることになるが、バロンでの新たな軍職に一定の目処が立つまでは、そちらを最優先するとのことだった。
 カインの機嫌が何時になく悪いのも、十中八九それに起因するのだろうとフリオニールは想像した。セシルを連れてバロンに帰還するつもりだった彼にとって、ゴルベーザの予想外の表明は青天の霹靂だったに違いない。セシルの横でふてくされている彼を見やり、我が親友はガーデンに留まることを決めたのだと改めて実感が沸き上がる。知らず知らずのうちに顔の表情筋が緩んでいたのか、突然ティーダに頬を指先でつつかれた。
「フリオニール、なんかキモいッス」
「な、何がだよ」
「えっちなこと考えてるって顔してるッス。絶対そうだ」
「ちっ違う!誰がそんな……」
「あっ、分かった。好きな子のことでも考えてたんだろ」
 ティーダは何も考えていないような顔をして、時折、誰よりも核心を突いたことを言う。フリオニールは口元を手で押さえた。発熱したかのように顔が熱く、心臓の鼓動が早まる。長い間、自分の奥深くに隠してきた感情が、錘が外れ一気に浮き上がってくるようだった。
 セシルと親密なカインを見て、言いようのない焦燥に駆られていた。泣いているセシルを見て、その涙を自分の手で優しく拭ってやりたくなった。バロンに帰還するかもしれないと聞き、無意識のうちに彼を強く抱き締めていた。
 認めるのが怖かった、彼に対する友情以上の切ない感情をフリオニールは自覚した。セシルの姿を見るだけで心が踊り、幸せな気持ちになれる。
「……そうか、俺は」
「え?何か言ったッスか?」

 セシルのことが、好きなんだ――。

 一旦認めてしまえば、案外すんなりと受け入れられた。心の中で、何度となく自分の気持ちを反芻する。
 やがて名前を呼ばれ、自分の試合が回ってきた。フリオニールは赤面した顔を上げた。
「対戦者の二人は速やかに前に出なさい。カイン、フリオニール」
 カインと目が合う。彼はついと視線をそらし、リチャードの形見の兜を頭に被った。フリオニールは背中の弓矢や腰に提げた刀や斧の感触を確かめ、自分自身の顔を叩いた。
「フリオニール、頑張れよ!」
「ああ……カインには、絶対に負けられない」
 対峙した彼を見つめ、続けて背後にいるセシルの顔をちらりと見やる。試合開始の合図と共に、フリオニールは武器を取り出し、カインの間合いに全速力で駆け出した。





〜Seaon1 END〜


ここまでお読み下さった皆様、本当にありがとうございました。Season1の目的は「フリオニールが自分の恋心を自覚するまでの過程を書く」ことにありました。
次回からはSeason2として、カイセシ、フリセシ共に明確な矢印が出た状態での話を書いていこうと思っております。
拙い話ですが、少しでもお楽しみ頂けるように今後も頑張りたいと思います。

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送