「お兄さん旅行者?何処まで行くんだい?」
「……バラム地方だ」
「ほほうバラムか。あそこの魚は美味いんだよなあ」
 世界を走る大陸横断鉄道に揺られながら、窓から見える景色を見やる。列車はちょうど海の上を走っていた。吸い込まれそうな深い青だ。南中を迎えたばかりの目映い日の光に目を細める。この海を渡り切れば、目的地のバラムに着く――。彼は目を閉じると、愛しい姿を瞼の裏に浮かべ思いを馳せた。



萌動



 学園祭当日。皆が慌ただしく動き回っている楽屋の隅で、大きく溜め息を吐くセシルの姿があった。目の前の鏡をちらりと見やり、一層憂鬱が大きくなる。嫌でも視界に入ってくる純白のシフォンが折り重なったドレスは、他でもない、自分自身が着ているのだ。セシルは生まれて初めて化粧というものを経験した。毛穴が全て塞がれているような感じがしてやたらと顔が火照る。唇もぬるりとして何だか落ち着かないし、仮面を被ったかのような息苦しさがあった。化粧後は外部から派遣した美容師の女性陣に囲まれ、「かわいい〜」とか「超キレ〜イ」とか、色めき立ったお姉様達に散々いじられる羽目になった。仲間達は皆見て見ぬ振りをし、誰一人として助けてはくれなかった。年上の女性というのは得てして逆らえないオーラを放っているものだ。
 ストレイボウの衣装に身を包んだフリオニールが、嘆息を繰り返しているセシルの側に近寄った。ウィッグを被り甲冑に身を包んだフリオニールはさながら中世の騎士のようだ。
「おいセシル、大丈夫か?」
「うん……ありがとうフリオニール」
 今さら男同士のラブシーンが憂鬱の原因ではない。ただただ女の装いが恥ずかしくてたまらないのだ。この期に及んでと第三者は思うかもしれない。しかし、幼い頃から騎士になるべく教育を受けてきたセシルにとって、化粧をして華やかなドレスに身を包むことにどうしても抵抗感が拭えなかった。幼少期は何度女の子に間違われたか分からない。そんな自分の外見に対するコンプレックスも相俟って、尚更受け入れがたいものがあった。
「そんな落ち込むなよ。似合ってるし大丈夫だって」
「……ありがとう」
 見当違いのフリオニールの励ましはますますセシルを落ち込ませた。しかし、事実セシルはよく似合っていた。体格こそ女にしては多少厳ついが、それを十分に補う見事に整った美しい顔立ちや透き通るような白い肌が女性的で、女装した男性としての美しさではなく、女性としての美しささえ感じられる。それを口に出せば妙な誤解を招きそうなので心の中に留めていたが、誰もが見初める美姫になりきったセシルを見た瞬間、フリオニールは思わず息を呑んで見とれていた。
 程なくして楽屋にゴルベーザが訪ねてきた。兄の気配を察し、「兄さん!」と勢い良く後ろを振り返ったセシルの、頭上にまとめ上げられたふわふわの髪の毛に光るスパンコールの一つが床に落ちる。フリオニールはそれを拾い上げ、手を伸ばしセシルの髪に触れながら言った。
「セシル落ちたぞ。気をつけろよ」
「ああ、ごめん。ありがとうフリオニール」
 髪に付け直そうとしたその手を、横から出てきた別の手に掴まれた。ゴルベーザが妙な威圧感でフリオニールを見下ろしていた。
「私がやろう。ご苦労だったフリオニール」
 明らかに不機嫌な声でそう言い、フリオニールに代わってセシルの髪にスパンコールを付けるゴルベーザ。彼のセシルに対する態度は弟に対するそれというより、溺愛する一人娘のようだと思った。セシルが王女アリシア役に決まった時、ゴルベーザは本人以上に猛烈に反対したと聞いている。最終的にアリシアの心を奪う形になるストレイボウ役の自分に今後怒りの矛先が向けられるのではないかと危惧したが、いずれ杞憂に終わることになる。
 ゴルベーザの中で最も忌まわしい存在である“彼”が、学園祭の真っ最中であるバラム・ガーデンに到着した――。



***



「姫と呼ぶのはやめて下さい……今は私とオルステッド……あなただけ……」
「辛かったのね、ずっと。悲しかったのね、ずっと……。ストレイボウ……これからは私があなたのそばに……」
 精一杯の高い声を出し、複数の男とラブシーンを演じる姿をホールの最後列からじっと見つめる。隣に座った若い娘達が声をひそめ、「あれって男同士よね?」と些か興奮した様子で囁き合うのが聞こえてきた。知らず知らずに出ていたらしい舌打ちに、娘達の肩がビクッと揺れる。直接的な描写こそないものの情事を思わせるシーンにさしかかったところで、苛立ちは最高潮に達していた。胸元をはだけ白い肩を剥き出しにし、男と抱き合いながら床に倒れ込んだ姿を見た瞬間、手にしていた演劇のチケットを強く握り締めていた。小さな塊になったそれを暗い床に投げ捨て、席を立つとホールの扉を乱暴に開けて外に出る。チケットの整理をしていた係員が仰天した様子でこちらを凝視していたが、無視を決め込みその場から立ち去った。
 理事長室と彫られたプレートを見上げ、重厚な扉を数回ノックする。中から入るよう声がしたので扉を引いて部屋に入ると、自分と同じ金色の髪をした、明眸皓歯の美女が立っていた。
「あなたが、カイン・ハイウィンド?」
「ああ」
「そう。私はキスティス・トゥリープ。宜しくね、カイン」
「……理事長の名はシャントットだと聞いていたが」
「理事長なら本日はオフ。私は代理ってワケ」
 自分とさほど年齢が離れているようには見えない目の前の女性を見て、この若さで理事長代理を務め上げるのだから、ただ美しいだけではなく相当切れ者なのだろうと値踏みした。キスティスは書類の入ったファイルを捲り、
「えっと、あなたの寮は南a-15ね。希望通り一人部屋。ああそういえばあなた、ゴルベーザ先生の知り合いなのよね?」
「……ああ。それよりアイツの寮は何号室か教えてくれ」
「アイツ?」
「セシルだ。セシル・ハーヴィ」



***



 それぞれモーグリ、チョコボ、雪男の着ぐるみに身を包んだティナ、クラウド、ティーダの三人が舞台の真ん中で何度も観客に向けお辞儀をしていた。一向にやまない歓声が、劇の成功を物語っている。一足早く劇を終えたセシル達はすでに制服に着替え、舞台袖で彼女達の劇を見守っていた。
「大成功みたいだね。良かった」
「そうだな。何はともあれ、どっちの劇も無事に終わってホッとしたぜ」
 ジタンは肩を回しながら安堵した表情を浮かべた。
 やがて舞台袖に戻ってきた仲間達を皆拍手で迎えた。クラウドとティーダはすぐさま着ぐるみを脱ぎ、クーラーの真下に陣取り汗だくの体を冷やし始めた。一方ティナはふかふかのモーグリの着ぐるみを脱ぐのが名残惜しいらしく、なかなか脱ごうとしない。後日、今回の劇に使う衣装一式を手配したジタンによれば、モーグリの着ぐるみは結局ティナが貰い受けたらしい。
 お祭りには憂鬱な片付けが付き物だ。夜に行われる打ち上げパーティーの前までには何とか片付けを終わらそうと、生徒達は皆忙しなく走り回った。SeeDは片付けの総指揮と、劇場の掃除を任されていた。指揮に回ったのはライトとスコールとジタンの3人で、それ以外の7人は劇場に残った。
 客席に落ちているゴミを拾うという地味な作業を任されたオニオンは、時折不満を漏らしながらも各客席の床を念入りに見て回っていた。最後列にさしかかった時、握りつぶされ小さくなったチケットの塊を見つけ、それを拾い上げる。
「何だこれ……いやな奴もいるもんだな」
「おーいたま、どうした〜?」
「たまって言わないでよバッツ!何でもないよ」
 オニオンはそう言い、手にしていた塊をゴミ箱に投げ捨てた。


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