ダウト


 仲間達と離れ、1人で探索に出たのがほんの一時間ほど前のことだ。月の渓谷に降り立った時、はなから獲物が現れるのを待ち構えていたかのように、ケフカが突然俺の目の前に体を逆さまにして現れた。奴が奇声に近い声を上げ、ふざけた名前の魔法を唱えると、俺の体は生温いねばねばした液体に包み込まれた。もがけばもがく程体中に粘液が纏わりつき、段々気が遠くなっていく。地面に倒れ込んだ俺の頭上で、ケフカの笑い声が聞こえた気がした。
 目が覚めた時、奴の姿は見あたらなかった。俺は勢い良く体を起こした。先ほどのねばねばは消えていたが、何かされていないだろうかと両手を上げ、体を見下ろす。
 俺は驚愕した。一体いつから自分はこんなに毛深くなってしまったのだ。手のひらを見やり、ひっと思わず声を漏らした。俺の手には、それはもう可愛らしい、動物の肉球がついていたのだ。
 これらは全て、先ほどケフカに掛けられた魔法のせいだと瞬時に気付く。たまらず俺は大声で叫んでいた。自分の姿を確認するため、湖に向かって常夜の渓谷を駆け抜ける。……自然と、4本の足を使って地面を蹴り飛ばしていた。やたらと近い地面や毛だらけの足元を見て、泣きたくなった。
 やがて湖にたどり着いた。俺は恐る恐る湖面を覗いた。月明かりに照らされた水面に、ぼんやりと映った自分の姿を見た瞬間、気を失いそうになった。そこには、長い銀色の毛並みをした大型犬が映っていた。
「おーいフリオニール、どこにいるの?」
 遠くにセシルの声を聞き、俺は振り向き様、彼の名を何度も呼んだ。何の前触れもなくこのような姿にされてしまいひどく心細かっただけに、セシルの澄んだ声はまるで天からの贈り物のように思えた。いきなり犬にされましたなんて、三流のおとぎ話みたいな展開だが、他人を疑うことを一切しない彼ならきっと分かってくれるだろう。とにかくいち早く現状を仲間に話し、解決策を見出さないと。三人寄れば文殊の知恵ともいうし、一人で悩んでいても仕方がない。
「あれ?お前は……」
 セシルが側に駆け寄ってくる。俺は彼の足元にまとわり付き、まくし立てるように置かれた事情を話し始めた。
「大変なんだ!実はケフカの奴に犬の姿に変えられて……あ、俺はフリオニールだ!こんな姿だけど本当なんだ、信じてくれ!」
 セシルはしゃがみ込み、俺の顔を覗き込むと柔らかい表情で微笑んだ。頭に手を置かれ、よしよしと撫でられる。今の説明を聞いていなかったのかと思い、俺はもう一度説明するべく声を上げた。セシルの両手が、俺の首に回された。
「ほら落ち着いて、いい子だ」
「何言ってるんだよセシル!俺の話聞いてるか?」
「可哀想に、こんな世界に紛れ込んで来てしまったんだね」
「セシル、ふざけるのも大概に――」
「とりあえず連れていかないと。お前の名前、何て言うんだろうなあ」
 セシルが俺の顔に頬擦りしながら言う。まるで話を聞いていないようだった。
 その時、俺の中で1つの恐ろしい仮定が浮かび上がった。もしかして、セシルには俺の声が届いていない?いや正確には、声自体は届いているが、それが人間の言葉として認識されていないのではなかろうか。俺がいくら喋ろうが彼の耳にはワンワンと吠えているだけに聞こえているとしたら、一体どうやって今の自分の状況を伝えればいいのだろう。
 体は子供、頭脳は大人というどこかで聞いたようなパターンならまだしも、人間の言葉さえ奪われてしまった俺は途方に暮れた。一生このままだったら、と考えると血の気が引く。俺にはやるべきことが沢山あるのに。のばらの咲く世界を作る夢だってあるんだ。それに……想いをまだ、伝えていない。
「お前、すごく優しい瞳をしてるんだね……可愛いなあ」
 セシルの手が顎や背中を撫で回し、くすぐったい気分になる。彼の顔を振り仰ぎ、目が合うと、セシルはにっこりと俺に笑いかけてきた。どちらかといえばいつも無表情のセシルが、こんな顔をするなんて。思わず、笑顔も綺麗だなどと呑気なことを思ってしまった。
「あっセシル!こんな所にいたんスか。おーいクラウド、こっちこっち!」
 ティーダがボールをヘディングしながら俺達の前に現れた。そのすぐ後ろから、クラウドが小走りに駆けてくる。彼らはすぐに俺に視線を向けてきた。当然のことながら、2人の目にも俺の姿は犬に映っているのだろう。ティーダが腰を曲げて膝に手をつき、まじまじと顔を覗き込んでくる。俺は思わず、セシルの後ろに逃げ隠れた。
「なあセシル。その犬、何?」
「分からないけど、この世界にうっかり迷い込んじゃったんじゃないかな。さっき此処で見つけたんだ」
 セシルが俺の頭を撫で、体を宙に抱え上げる。そのまま胸に抱き締められ、甘やかすように頬摺りされた。正直、悪い気はしなかった。無論そんなことを考えている場合ではないのだが、こんなにも密着されると、どうしても意識しない訳にはいかなかった。香水をつけている訳でもないのに、セシルの体は仄かにいい匂いがした……ような気がした。
「セシル。ところで、フリオニールは何処だ」
「それも分からないんだ。まるでフリオニールの代わりにこの子がいるみたいで」
「代わりに……か」
 クラウドが俺の顔を覗き込む。じいっと訝しい表情で見つめられ、後ろめたいことなど何もないのに、蛇に睨まれた蛙の如く体が固まる。縮こまった俺の姿を見て、セシルがクラウドに言った。
「クラウド、この子が怯えてるよ。もっと優しい顔で接してあげないと」
「それは無理ッスよ!クラウドだもんな」
「ティーダ、それはどういう意味だ」
「まあまあ2人とも。とにかく、この辺りにフリオニールはいないみたいだ。どうする?」
 今まさにお前の腕の中にいるんだよ!と一応声に出したものの、やはり彼らの耳には犬の鳴き声にしか聞こえていないようで、俺をそっちのけで3人の話し合いは進んでいく。
 結局、俺が帰還するのを此処で待とうということで、彼らはテントを張り始めた。テントは2人で目一杯といった広さなので、俺達はいつも2対2に分かれて休んでいる。早々と張り終えたセシルが俺の体を抱き寄せ、自分は犬と寝るから、クラウドとティーダでペアを組むようにと提案した。ティーダは素直に頷いたが、クラウドは相変わらず俺の方を疑うような目で見つめ、何かを考えているようだった。
 テントの設置が済み、念のため周りにイミテーションなどの敵がいないかセシルとティーダが見回りに向かった後、クラウドが腰に手を宛てこちらににじり寄ってきた。しゃがみ込み、俺の姿を隅々まで眺め回してくる。
「……逆のパターン……か?」
 何がだ?ととりあえず尋ねてみたが、どうせ声は届いていない。クラウドが俺の頭に手を乗せ、おい、と話し掛けてきた。
「お前……フリオニールじゃないのか?」
「えっ!?」
「どこか歩き方がぎこちない……4本足のやつが人間の振りをしていた時の逆のパターンに思える」
「……クラウド!」
 俺は嬉しさのあまりクラウドの胸に飛び込んでいた。さすがはクラウド、何て頼もしい奴なんだ!頼りになるリーダーの顔をペロペロと舐めながら尻尾を左右にブンブン振る。おっといけない、段々と犬の感情表現が上手くなってきてしまったようだ。しかしまあ良い、とりあえず最初のハードルは超えられたのだ。次は、具体的にどうやって戻ればいいのか、非常に申し訳ないのだが皆にも考えてもらなわなければ――
「……何てな。考え過ぎだったか。俺相手にこんなことをするフリオニールなんて、気味が悪いしな」
「えっ……」
 うっかり犬として彼に甘えたことが凶と出てしまったらしい。クラウドは俺の体を引き剥がし、背を向け剣の素振りを開始した。慌てた俺は彼の周りを走り回り、それは誤解だ、俺はフリオニールなのだと懸命にアピールしたが、しっし、と鬱陶しい顔をして振り払われる。一度は手にした唯一の光明を瞬く間に失った脱力感から、俺は地面に力無く寝そべった。もう嫌だと呟いたのが悲しい雄叫びに聞こえたのか、帰還したセシルが俺に駆け寄り心配そうに顔を覗き込んでくる。大丈夫かい?と小首を傾げながら尋ねてくる綺麗な白面に見とれる気力さえ無く、俺はセシルの腕の中でいつの間にか眠ってしまっていたらしい。翌朝目を覚ました時、彼の寝顔がすぐ間近にあったので心臓が跳ね上がった。
 結局、一晩寝たところで俺に掛けられた魔法は解けなかった。湖面を覗き込んだ瞬間、抱いていたほんの僅かな期待は瞬く間に失望感に打って変わった。うなだれた俺の体を、おはようの挨拶と共にセシルが後ろから抱き締めてきた。
 その日、セシル達3人は朝から行方不明の俺の探索に明け暮れていた。フリオニールなら大丈夫だと、クラウドとティーダはどちらかといえば楽観的な様子だったが、セシルは俺の安否を殊更に心配し、血眼になって探していた。すぐ目の前にいるだけに、不安げな顔を浮かべるセシルを見上げる度に心痛し、申し訳ない気分になる。しかし人間の言葉を話すことのできない俺には為す術もなく、ただついて回ることしか出来なかった。不謹慎だが、セシルが俺のことをこんなにも気に掛けてくれたことは、正直言うと嬉しかった。それだけが心の拠り所となっていた。
「フリオニール、どこにいるんだろう……」
「大丈夫だって!フリオニールの強さはセシルだって知ってんだろ?」
「そうだけど、罠に嵌められて大怪我を負ってることだって考えられるじゃないか」
 うーんと唸り、腕を組んだティーダは隣に立つクラウドに意見を求めた。クラウドはセシルの言うことにも一理あると前置きし、今夜一晩経ってもフリオニール、つまり俺が月の渓谷に戻って来なかった場合は、明日は場所を変えてもっと広い範囲で探すと共に、他の仲間達にも協力を求めようと提案した。頷いた2人の傍ら、いよいよ話が大きくなってきた事態に俺は焦った。今夜人間に戻ることが出来なかったら、ますます多くの仲間に迷惑を掛けることになってしまう――。
 夜、テントに潜り込むと、セシルが俺に微笑みかけ両手を差し出してきた。犬としての振る舞いに慣れてきた俺は迷わず彼の胸に飛び込んだ。セシルは床に仰向けに寝転がり、持ち上げた俺の体を自分の上に乗り掛からせた。首に手を回し、こつんと額をあてがうと、俺に語りかけるように話し始めた。
「僕はね……フリオニールが心配でたまらないんだ。ティーダの言うとおり彼はとても強いよ。でも、素直で真っ直ぐでひたむきな性格だからこそ、狡猾な罠には引っかかりやすいタイプだと思うんだ。もしも回復が追いつかないような大きな怪我を負いながら孤軍奮闘していたらと思うと、居ても立ってもいられない……」
 そう言い、俺の首に顔をうずめ、ぎゅっと体を抱き締めてくる。
 一体、俺は何をしているんだ。一番笑顔が見たいと願っている相手なのに、こんなにも不安な気持ちにさせてしまっている。セシルの背中に手を回し、強く抱き締めてやりたくなった。そして、俺は此処にいるよと言い、彼に安心を与えてやりたい。犬の体であることが、心の底からじれったく感じられた瞬間だった。
 その時、俺の周りを大きな光が取り囲んだ。あまりの眩しさに思わず強く目を瞑る。体が急に重たくなったような気がした。バランス感覚が乱れ、目下にいるセシルの体に倒れ込む。光が散らばり、だんだん視界が元通りになってきた。ぼんやりと映ったセシルの切れ長の目は、まるで月のようにまん丸に見開かれていた。
「……へっ?」
 セシルの顔の両側に突っ張っている見覚えのある手を見て、俺はおかしなトーンの声を上げた。まさかと思い、恐る恐る自分の手のひらを開いてみる。可愛らしい肉球も、そしてふさふさの体毛も、いつの間にか消え去っていた。期待感が一気に押し寄せ、心臓が高鳴る。ごく、と唾を呑み込んだ後、ゆっくりと視線を下にずらしていった。セシルの体を通り過ぎ、その先にあったものを見て言葉の通り固まった。その時俺は、服を一切着ていなかった――。
「セーシル!まだ起きてるッスか?あのさあ、明日のことでちょっと変更……」
 突然ティーダが俺達のテントの中に入ってきた。全裸でセシルに馬乗りになったまま、俺は後ろを振り返った。上目遣いのティーダと目が合う。彼はさっと上から下まで視線を送り、無言で頭を一掻きした後、目にも留まらぬ速さでテントの外に出て行った。邪魔して悪かったッス!と遠方から裏返った声が聞こえてくる。
「……うわあああ!」
 漸く自分の状況に思考が追いつき、俺はセシルから飛び退いた。視界に入ったマントを慌てて羽織り、後ろを恐る恐る振り返る。セシルは苦笑いを浮かべながら体を起こし、びっくりした……と呟いた。真っ白の陶器の頬には少しばかり赤みが差しており、釣られるように俺はかあっと赤面した。
「あの、セシルごめん、すまなかった、本当に……」
「……少しびっくりしたけど、そんなに謝らないでいいよ。それより事情、話してくれる?」
「ああ。実は俺、ケフカに犬にされてたんだ。でもお前達に言葉が通じないし、アピールしてもじゃれついてるようにしか見えなかったみたいでさ。結構、焦った」
「そうか……ケフカの魔法のせいだったんだ。うん、でも良かった。君がいなくて本当に心配だったから」
 犬相手ではなく、俺自身に向けてセシルがにっこり笑いかけてきてくれた。心臓の鼓動が早まり、それを知られるのが何だか照れくさくて、彼の顔を真正面から見られなかった。ティーダ達に知らせてくるね、と言ってテントを立ち去ったセシルの後ろ姿を見送り、気持ちを落ち着かせるため大きく深呼吸をした。
 自分の両手を閉じたり開いたりして、まじまじと眺める。何度見ても肉球はついていないし、長い体毛も生えていない。きっかけが今ひとつ解せないままだが、兎に角俺は、人間の体に戻れたらしい。ここ2日の間、様々な不吉な妄想が頭をよぎり、常に緊張状態に置かれていた。それらが一気に消え去った反動か、体中からへなりと力が抜けていった。
 程なくしてセシルがテントに戻ってきた。疲れてるみたいだからとりあえず今夜は休もうと彼は言った。細かい経緯を説明するのは翌朝に持ち越された。
 俺達は並んで床に寝転ると、顔を見合わせ、お休みと挨拶を交わし合った。些細なことでも、就寝時の挨拶という人間らしい行為が出来ることに大きな喜びを感じずにはいられなかった。明かりを消すため頭先のランプにセシルが手を伸ばした時、彼は一瞬、寂しげな顔を作った。どうしたんだと尋ねてみると、セシルが苦笑いを浮かべて俺の方を振り向いた。
「いや、何だか少し寂しくて」
「寂しい?」
「君の……というか、君だったあの犬の銀色の綺麗な毛並み、すごく気に入ってたんだ。2日足らずの間だけど、ずっと側に寄り添って過ごしてたから寂しい気がしてね。すまない、フリオニールが元に戻れて心から嬉しいのに、僕は何言ってるんだろう」
「セシル……」
 セシルの寂しげな横顔を見つめるうち、彼を無性に抱き締めたくなった。無意識のまま俺はセシルの手を握っていた。そのまま体をこちらに引き寄せ、背中にそっと手を回す。やはりセシルは仄かにいい匂いがした。例え勘違いであっても、俺にはそう思えるのだからそれでいい。
「フリオニール?どうしたの?」
「犬の代わり……俺じゃ駄目か」
 自分でも何を言いたいのか分からない。抱き締める口実が欲しいだけなのかもしれなかった。こんな大胆なことをする勇気が俺にあったなんて、自分で自分が信じられない。一度犬の姿にされたことで些か本能的になったのだろうか。しかしセシルが少しでも嫌がる素振りを見せたなら、即座に体を離す気でいた。
 拒むどころか、意外にもセシルは俺の肩に手を伸ばして胸にうずくまってきた。そして、ありがとうと呟き、甘えるような仕草を見せた。セシルの行動があまりに予想外だったので、先ほどまでの勢いをすっかりなくした俺は緊張のあまり全身から汗が噴き出すのを感じていた。こんなにも密着しているだけに、万が一汗くさいなどと思われてたら恥ずかしいしどうしよう――。そんなことを考え出すと、ますます汗が流れてくる。我ながら早まり過ぎたと、セシルを勢い任せに抱き締めたことを、段々後悔し始めた。
「犬の君も暖かったけど、人間の君も暖かいな」
「えっ……?」
「先に言っておくね。君は犬の代わりなんかじゃない、僕がこうしたいから……するんだよ」
 そう言いしな、セシルは俺の首に手を回すと静かに唇を重ねてきた。俺にとって初めてのキスだった。想像以上に柔らかな他人の唇の感触に、頭が真っ白になっていく。汗を掻く不快感はいつの間にか吹っ飛んでいた。頭の芯がぼーっとして、ともすれば気を失いそうだった。それでもセシルが俺の耳元で囁いた言葉だけは、鮮明に頭に残った。
「好きだよ。フリオニール」
 世界より一足早く、俺の心は咲き乱れるのばらの花で満たされた――。


2days later...


 漆黒の兜を取り外し、誰もいない渓谷の高台に腰掛ける。突如背後から聞こえてきた狂気じみた笑い声に、冷たい光を宿した瞳で振り向き、口元だけ笑ってみせた。
「ケフカ、か」
 くねくねした動きでこちらに跳ねて来る道化を見やり、セシルは前髪をかきあげた。
「かーっ、あんたも相当な役者ですねえ。カオスがお似合いなんじゃな〜い?」
「ははっ……まあ僕はそうかもね。でももう1人の僕はカオスなんて似合わないから」
「あっそ。まあどうでもいいけどさ、あんたの計画に乗ってやったんだから、ちゃーんと見返りはもらいますよ?」
「分かってるよ。……彼女には悪いけど、取引だからね」
 ケフカに手渡された金色の輪をくるくる回し、セシルは首肯してみせた。可憐で儚い彼女の姿はどことなくもう1人の自分を見ているようで、正直あまり気乗りはしないが、自分の計画に乗ってくれたこの道化の要求を無下にすれば面倒なことになりかねない。
「ケフカ、僕とのことは兄さんに言わないでね?お前と繋がってるなんて知ったらきっと兄さんは悲しむから。もし言ったら……殺すからね」
「ハーイハイハイ。わーかりましたよっ!でもあんたって変わってますねえ。ボクちんならあーんな真っ直ぐで暑苦しいヤツ絶対いらない!」
「理解しようとしなくていいよ。彼の良さは僕が誰よりよく分かってるから」
「へっ、まあ勝手にしてくだサイ。それより、また面白い遊び思い付いたら呼んでよ。じゃあボクちんはこれで」
「さよなら。色々ありがとう」
 ケフカを見送り、セシルは自身の唇に指を這わした。愛しくて仕方ない彼の真っ赤になった顔を思い浮かべ、自然と笑みがこぼれてくる。
 彼――フリオニールが好いているのはもう1人の綺麗な自分だ。しかし分身は彼の想いには気付いていないようだった。一目見た瞬間から、汚れのない純粋な瞳に惹かれた。もう1人の自分を差し置いてでも、彼の美しい心と体が欲しくなった。フリオニールが寄せる想いごとそっくり自分が頂くために、体を乗っ取りもう1人の綺麗な自分を演じることにした。犬にしたのはただの遊び心だった。自分の周りを駆け回り慌てふためくフリオニールが面白くて可愛くて、ケフカに教わった解除魔法を発動させる瞬間も、些か名残惜しいとさえ感じた。
 しかし人間に戻った彼の裸を見てぞくりとした。ああ、この体を早く手に入れてしまいたい――興奮し、頬が紅潮していった。フリオニールは顔を赤らめた自分を見て、照れているのだと勘違いしたようだったが。
 ケフカ風に言えばぶりっ子に徹し、念願叶って彼の心を手に入れた。唇も奪ってやった。その先をいつどのようなシチュエーションで実行しようかと、考えるだけで体中が熱くなる。
「セシルー!ここにいたのか!」
 はにかんだ笑みを浮かべたフリオニールがこちらに駆け寄ってくる。にこりと微笑み、聖騎士に姿を変え、純白のマントを靡かせ彼の胸に飛び込んだ。そっと大きな背中に手を回し、顔をうずめる。
 セシルが浮かべた妖しい笑みに、フリオニールが気付くことは決してなかった。


END


あとがき

2days laterさえなければ普通の甘々話ですが、イロモノ系ということで敢えて自分の趣味に走らせて頂きました。意志ひとつで他人を犬にできるならケフカって最強じゃないの?というツッコミはご勘弁願います。笑
リクエスト、ありがとうございました!



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