3 今日から5日間、皇帝は王宮を留守にするらしい。先日の酩酊騒動もあるし、セシルにとっても体を休める良い機会になるだろう。 いつものように、1時間置きにセシルの部屋に様子を確かめに行く。ドアをノックし中に入ると、ベッドの上で上半身を晒したセシルと、それに覆い被さっている副大臣の姿があった。 「フン……こいつの世話係か」 副大臣は俺を見やると、セシルから体を離して不機嫌な声で言った。頭を下げた俺を横切り、扉を乱暴に開けて出て行く。ベッドのそばに近付くと、セシルが突然俺の腕にしがみついてきた。 「おい、何だよ」 「……殺されると思った」 「また首を締められたのか?」 「当分皇帝はいないから、傷がつくこともしてやろうかって」 皇帝と対立しているそうだが、サディスト同士気が合うのではなかろうか。まあ、万が一そんな2人が手を組めば、この国は崩壊するが。 セシルがいつまでも俺にくっついたまま離れないので、少しばかりくすぐったい気分になる。しかし決して振り払おうとはしない自分自身に俺は内心驚いていた。 セシルは震えているようだった。こんなに怯えた姿を見たのは初めてだ。この前の廊下での態度といい副大臣が苦手のようだが、毎晩の皇帝の仕打ちに比べれば、よほど優しい気もするのだが。 「そんなに副大臣が怖いのか」 「……怖い」 人形のようなセシルが恐怖という人間らしい感情を持っていたことに驚きつつ、副大臣でさえ恐ろしいのなら、皇帝に抱かれる毎日はさぞ苦痛なのだろうと想像する。自分の手から必死に逃げ惑うセシルを見て、高笑いする皇帝の姿が目に浮かぶようだった。 こうして俺にしがみつき恐怖を誤魔化そうということは、セシルの中で俺の好感度はさほど低いわけでもないらしい。そう思うと、嫌な気分ではなかった。どこもかしこも真っ白の肌を見下ろし、震える肩に手を伸ばす。セシルがびくりと反応したのを見て、俺は手を引っ込めた。何をやってるんだ、俺は……。セシルの体を引き剥がし、足早に部屋を出た。 5日間は夜の時間が開いているため、俺は毎晩のように酒場に通った。ここが唯一の安らげる場所だった。4日目の夜、友人と共に女の二人組に声を掛けた。酒場の二階は別料金の個室があり、いわゆる連れ込み部屋となっている。ほろ酔い気分の女を連れ、階段を登る。女がでかい胸を揺らして、先日セシルがしてきたように、俺の腕にしがみついてきた。何故だか、無性に不快な気分が湧き上がった。 部屋に入り、装飾品以外全て脱ぎ捨て素っ裸になった女を床に押し倒し、両脚を開かせた。後ろも使っていいかと問うと、女はクスクス笑いながらOKのサインを出した。俺は言われた通り後ろで女を抱いた。いわゆる娼婦らしいが、無茶な要求をしてくる男に恐怖はないのかと、尋ねてみた。 「男が怖かったら、こんな商売やってられないわよ」 「……それもそうだ」 怯えながら俺にしがみついてきたセシルの姿が不意によぎる。あの時の肌の感触を思い出しながら、俺は女の中で射精していた。 皇帝が王宮を空けてから最終日の夜。店の奥のテーブルで、友人と昨晩買った女の具合を語り合った。友人が買った女は娼婦になって間もない娘だったらしく、たまに見せる恥じらった表情がおぼこくて興奮したと言う。俺は酒の入ったグラスを揺らし、おざなりに相槌を打っていた。それに気付いた友人が、俺の手からグラスを奪った。 「おい、大丈夫か?何だか心此処にあらずだな。どうかしたか」 「いや、大したことじゃない」 「お前の方はどうだったんだよ。あの女、かなりの美人だったじゃないか」 「美人だし胸もでかい、それに床上手だった」 「へえ、どうりで俺が買った娘よりも高いわけだ」 「しかしあの女、俺が後ろでやらせろって言っても少しも嫌がらなかったんだぜ。怖くないんだと」 「そりゃ娼婦だから当たり前だろ。体を売って生きてるんだ」 「でもあのガキは怖がってたぜ。副大臣の話したよな、あのオッサンにやたらと怯えてたし、恐らく皇帝との閨事も、毎晩泣きながら耐えてるんだ」 「まだ16だからじゃないのか?大体本当に泣かされてるかも分からないだろ。案外自分から娼婦よろしく腰振ってるかもしれないじゃないか」 「そんな訳あるかよ。いつも苦しそうな顔して寝所から出てくるんだぜ」 またこいつは馬鹿なことを言いやがる。毎日つきっきりで世話をしてる俺が、一番あいつを理解しているというのに。明日は皇帝が帰還する。また長い1日が始まるのだ、今晩はとことん酒に塗れてやろうと思った。 翌日、部屋に朝食を持って行くと、いつもならベッドで気だるそうに寝転がっているセシルがすっかり覚醒した様子で椅子にちょこんと腰掛けていた。慣れた手つきでメシを食わせ、水の入ったコップを手渡す。俺はベッドに座り、水を飲むセシルに声を掛けた。食事後のちょっとした会話は、もはや恒例となっている。 「今日皇帝がお帰りになるそうだぜ」 「ああ、知ってるよ」 「残念だったな。5日間気楽だったろうに」 「どうして?」 「そりゃ、そうだろ。抱かれずに済むんだから」 「……?ごめんなさい、分からない」 まあいい、理解力がないのはいつものことだ。俺はセシルの世話を終え、部屋を出た。 昼食を食べた後、上官に呼び止められた。慌てて会釈し頭を上げると、彼は俺の肩に両手を置き、笑みを浮かべて言った。 「おめでとう。朗報だ」 「は……?」 「お前の頭も十分冷えただろうからと、明日から前線に戻れるそうだ。良かったな」 俺は大いに動揺した。前線に戻るということは、セシルの世話係を辞めるということだ。世話係に任命されてからというもの、こんな馬鹿げた仕事やってられない、早く前線に復帰したい――そう思って毎日を過ごしてきた。それなのに何故、俺は言葉に詰まってるんだ。 頭の中に様々なビジョンが流れ込む。セシルの気だるい朝の表情、虚ろな瞳でぼんやりと天井を眺める様、華奢な裸体を震わせながら、情事後の後処理をする姿。俺は上官に頭を下げた。自分でも何故こんなことを口走ってしまったのか分からない。しかしもう遅い。勝手に言葉が飛び出していた。もう暫く、世話係を続けさせて欲しいのです――。 その夜、セシルを久しぶりに寝所に送った俺は盛大なため息をついた。何故あんな馬鹿なことを言ったのだろう。しかし、あのまま黙っていれば俺は世話係から外されていた。だから、言わずにはいられなかった。 前任の女はセシルに情が移って見るに耐えなくなったという。しかし俺はそうじゃない。あの子の境遇は哀れだと思うが、可哀想だとは思わない。では何故留任を申し立てたりしたのだろう。一般兵の友人が言ったように、知らず知らずのうちにほだされてしまったのか。いや、そんな筈がない。そんなこと、俺に限ってある筈がない。 その時不意に、友人の言葉を思い出した。案外自分から娼婦よろしく腰振ってるかもな――。俺は、どうしても寝所の中を見たくなった。覗きがバレたら即打ち首だと分かっているが、ほんの少し覗く位なら大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。 寝所の扉は自動扉というわけではなく、いつも勝手に開くのは、皇帝が魔力で開閉していただけのようだ。鍵穴は見当たらず、扉をそっと押してみた。意外にも、あっさり開いた。俺は慎重に中に滑り込むようにして寝所に入った。腰を屈め、飾り棚に身を潜めて部屋の奥を首を伸ばして覗き見る。 「ん、んんっ、ああ、やっ、はあっ」 セシルの甘ったるい鳴き声が聞こえてきた。どでかいベッドの真ん中で、セシルの白い尻が皇帝の上で上下していた。俺は体中が熱くなった。指で掻き出すのを初めて見た時以上の衝撃だった。 「ふふ、もう欲しいのか?」 「ほしっ……い……あっ……んんっ」 皇帝に自分からしがみつき、媚びた声で喘ぎ、腰を激しく動かしている。副大臣に襲われかけ、頼りなく体を震わせていたあのセシルが、この前俺が抱いた娼婦のように、何の躊躇いもなく男のペニスを下の口にくわえ込み、淫らに尻を振り乱していた。 俺は寝所を出た。隣の浴室に向かい、服を脱ぎ捨て、セシルがいつも体を洗っている定位置に立つ。自分のそれをしごきながら、どうしようもない激しい怒りが体中を包み込むのを感じていた。あいつに裏切られた気分だった。 「散々しおらしい姿を見せやがって……ただの淫売じゃねえか」 大理石の床に向かって、俺は精液を吐き出した。その後は一体どうやって情事後のセシルの世話を施したのか分からない。とにかく、いち早く自分の部屋に帰って寝てしまいたかった。酒場に行く気分にはなれなかった。 翌日、朝食を部屋に運び入れた俺はセシルの腕を強く引っ張り、椅子に乱暴に座らせた。スープを掬ったスプーンを押し込み、続けていつもより大きく千切ったパンを口の中に押し付ける。んっ、と苦しそうな声を漏らし、眉間に皺を寄せるセシルの顔を見つめ、俺は口角を釣り上げた。自分の中に、セシルに対する嗜虐心が生まれた瞬間だった。 それ以来、全ての行為がだんだん乱暴になっていった。会話は交わさず、ただ一方的にセシルを淫売だの男娼だのと罵倒した。次に前線に戻れる機会があるのなら、即了承する気でいた。こんなガキのために、いつまでも無駄足を踏むわけにはいかないのだ。 セシルを寝所に送った後は、毎晩セックスを覗くようにもなった。皇帝の一物を美味いもんでも味わっているかのように恍惚と口で奉仕する姿を見て、下卑た事を思い付く。セシルが浴室で体を洗っている最中、俺は服を脱いで彼のそばに近寄った。すでに俺のそれは勃っていた。セシルの頭を掴み、口と手でしごくように命令した。俺は副大臣の言葉を拝借した。 「皇帝に言うなよ。言ったら殺してやるからな」 セシルは素直に従った。俺のものをおずおずと舐め、指先を全体に這わせ始める。娼婦よりよほど手慣れているようで、俺は呆気なくセシルの口に出していた。最後までやってしまえばバレる可能性が高くなるため、とりあえずは口淫で我慢してやることにした。セシルは怯えた顔をしていた。 さらに俺の行為はエスカレートしていった。証拠隠滅しやすいようにと浴室で悪戯をする程度だったが、部屋のベッドに組みしいてキスや手淫を強要するようになっていった。朝の廊下で副大臣とすれ違った時、セシルは俺に隠れることをしなかった。もはやこいつにとって、俺も副大臣と同じ恐怖の対象なのだ。それが何ともいえず愉快だった。 いつものように、部屋の様子を確認に行く。俺が入るとセシルは露骨に肩をびくつかせた。 「そんな怯えんなよ。仲良くやろうぜ、なあ」 逃げ腰のセシルを捕まえ、ベッドに体を張り付ける。首筋をペロリと舐め、手のひらで服の中をまさぐった。 「……ゃ」 「ああ、何か言ったか?」 「……やめ、て……」 俺は肩を揺すって笑った。今更そんな態度を取られた所で、お前の本性は分かっているのだ。股間からペニスを取り出し、口に差し出す。無言で顎をしゃくると、セシルは観念したように桜色の唇をそっと開いた。 「一滴残らず飲めよ。出したらどうなるか分かってんだろうな」 頭を強く揺さぶり、夢中で腰を打ちつけた。 その時、背後で部屋の扉が勢い良く開かれた。俺は振り向き様、世話係に指名した責任者のオッサンの顔を見ながら射精していた。一体何が起きたのだ。放心状態のままセシルの口に精を注ぎ込んでいると、何人かの兵士が駆け寄り俺の体を拘束した。その横では、メイド達がセシルの口を洗っていた。 「貴様、これはどういうことだ」 「いえ……あのこれは、その、魔が差したというか……」 頭が混乱する。しどろもどろに答えていると、副大臣が部屋の中に入ってきた。俺を一瞥し、後ろを振り返って言う。 「なる程……お前の言う通りだったな。報告ご苦労であった」 「いえ、私は当然のことをしたまでに御座います」 「お前を王宮直属部隊に入隊させよう。良いな」 「はっ……ありがたきお言葉」 俺は目を見張った。副大臣の後ろにいたのは、一般兵の俺の友人だったからだ。報告とは何のことだ、一体お前は副大臣に何を言った――。友人は俺の顔を見やり、ふっと笑った。下半身を晒したまま兵士に拘束されている俺の側に近付き、見下した視線を向けてくる。 「お前、とっくに目がイカかれてたんだよ。気付いてなかっただろうけどさ」 「……何……?」 「ありがとう、お前のお陰で俺は王宮直属部隊の一員だ」 友人は最近の俺を不審に思っていたらしく、副大臣が視察に訪れた際、それを報告したらしい。 俺は築き上げた全てのものが崩れ落ちていくのを感じた。何故こんなことになったのだ。そうだ、全てセシルのせいだ。あのガキが俺の人生を狂わせたのだ。 「ふざけんな!俺は悪くない!あいつが誘ってきただけだ!おいセシル!何とか言え!」 何人もの兵士達に体を押さえつけられる。身柄を連行されながら、俺は叫んだ。 部屋の扉が閉まるまで、セシルは一度も俺の方を振り向くことはなかった。 epilogue あれから一年が経過した。冷たい牢の生活は惨めだったが、俺は一度も死ぬことは考えなかった。自分の人生を滅茶苦茶にしたセシルへの異常な執着心だけが、もはや生きる糧になっていた。 「知ってるか。お前が手出したセシルって子、皇帝に捨てられたらしいぜ」 看守の言葉を聞き、手首を拘束した手錠を揺らして俺は笑った。 「はは……ははははっ!」 ざまあみろ。これでお前も俺と同じだ。いや違うな、もっと悲惨な運命が待っている。捨てられたペットがどうなるのか、その末路を俺は知ってる。 天井の小さな窓から覗いた満月を見上げ、俺はいつまでも狂ったように笑い続けた。 END 戻る |
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