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 世話係に任命され4日目の朝が来た。今日からは食事以外の世話も任される為、一時間早く出向いて1日の仕事についての細かな説明を受けた。内容を聞いて正直うんざりしたが、前線に戻るまでの辛抱だと自分自身に言い聞かせる。
 セシルに食事を与えた後、部屋から連れ出し、洗顔させたり歯を磨かせたりした。そんなことまで本人にはやらせないらしい。理由は何となく分かる。日常の生活を与えてやれば、人間はその中で自然と様々な知恵をつける。やがて知恵は思考力を生み、自分の状況に疑問を感じる可能性が出てくるからだ。皇帝の指示なのだろうが、まさにこの子はペットなのだと、改めて実感した。
 セシルを連れて長い廊下を歩いていると、前方から副大臣がやって来た。髭を生やした厳つい顔に190はあるだろう塗り壁のような体で、威厳を振りかざしながら闊歩している。俺は横に退き、頭を下げた。その時、腕の裾をぎゅっと強く引っ張られた。視線を斜め後ろに這わすと、セシルが俺の腕を掴み、後ろに隠れるようにして副大臣の様子を伺っている。彼がその場から去った後、俺は先ほどの行動の意図をセシルに尋ねた。
「あの人、僕を嫌ってるから……」
「嫌ってる?何でそう思うんだ」
「たまに部屋にやって来て、服を脱がせてキスしてくるんだ。そのあとはいつも首を締めてきたり、叩かれたりする。僕を殺してやりたいとも言ってた」
「……皇帝に言えばいいんじゃねえの?」
「皇帝陛下に言ったら殺すぞって言われたから、言わない」
 セシルを部屋に戻した後、俺は王宮の南にある庭園の椅子に腰掛けた。訓練のかけ声が遠くから聞こえてくる。仕官から3年になるが、こんなのんびりした場所に来たのは初めてだ。
 副大臣といえば、傲慢で態度もデカいが皇帝の悪政には不満を抱いており、王宮議会の場でも、唯一皇帝に物怖じせず真っ向から意見を主張することのできる英雄のような人物だと、民衆には圧倒的な人気を誇る。そんな英雄の実情を知った今、俺は自然とほくそ笑んだ。あいつは英雄の仮面を被ったただの変態野郎だったのだ。国民がそのことを知ったら一体どんな顔をするのか、見てみたい気もする。
「しかしまあ、どいつもこいつも指導者ってのはろくなのがいないな」
 そう一人ごち、俺は先ほどセシルに掴まれた腕をさすった。
 自分の昼食を終えた後、1時間置きに部屋の様子を見に行かされた。セシルはいつ行ってもボーっと虚空を眺めているだけで、何かをする気配が全くなかった。本の一冊さえない殺風景な部屋で毎日ああやって過ごしているのかと思うと、俺ならとうに発狂して死んでいるに違いない。
 夕方になり、二回目の食事を持って行った。食べさせるのには大分慣れ、段々セシルの癖に気付くようになってきた。スプーンや、パンを摘んだ指を口元に差し出すと、セシルは長い睫のかかった瞼を伏せ、桜色の唇を開き、まるで食べ物とは違う何を待ち望んでいるかのように、舌先を差し出すのだ。些細な仕草からも、皇帝に相当仕込まれているらしいことがよく分かった。
 食事後は、昨日までのようにさっさと退出する訳にはいかなかった。部屋の掃除(といってもベッドとテーブル一式しかないので、1日分の埃ぐらいしかゴミが見当たらないのだが)を行い、ベッドを整え、それから一旦ワゴンを厨房に返しに行ってから再び部屋に戻って来る。あれやこれやとしている内に1時間が経っていた。
 続けて、セシルを連れて皇帝の寝所につながる控えの間に向かった。すぐ近くにあの皇帝がいるかと思うと些か緊張したが、幸い壁と扉を隔てている。控えの間には寝所とは反対側に、浴室につながる扉がある。そこで本人に体を清めさせるそうだが、どうせすぐに汚されるんだろと、俺は口角を上げ寝所の扉の方を見やった。
 中に入ると、床一面が大理石のだだっ広い浴場が広がっていた。隣にいるセシルを見下ろし、こんな豪華な風呂に入れるだけ、下町の小汚い男娼よりはマシだと思った。セシルは何の躊躇もなく服を脱ぎ捨て、獅子の口から湯が垂れ流しになっている洗い場に歩いて行った。俺は扉に凭れかかり腕を組み、彼の後ろ姿を上から下まで眺めていた。雪のように白い陶器の肌に、小振りで柔らかそうな尻、細長くすらりとした形の良い足。あの年頃なら、女の子と性差がつかない体格をした男も多い。水浴びを始めたセシルの姿に、知らず知らずの内に釘付けになっていた。
 随分と長い時間待たされたが、体を洗い終えたセシルが俺のもとに戻ってきた。下半身の幼い一物を見て、やはりこいつは自分と同じ男なのだと思い知る。濡れた体を拭くのは俺の役目で、タオルを使って肌を纏う水気を丁寧に吸い取っていった。
 拭き終えるとローブを羽織らせ、控えの間に戻り、作り付けの大きな鏡台の前に座らせる。俺は温風器のスイッチを入れ、濡れた髪の毛に手を差し込んだ。こんなこと、女にだってしたことがない。セシルの髪の毛は天然でややウェーブ掛かっており、栄養が足りていない割には滑らかで触り心地の良い髪質だった。
 一通り乾かした所で、セシルの顔をこちらに向かせる。俺は胸ポケットから、事前に手渡されていた紅の入ったケースを取り出した。蓋を開け、薄紫の紅を人差し指の先に取る。加減が分からず、目を閉じたセシルの下唇に軽く乗せてみると、桜色の唇がうっすら紫に色付いた。これも皇帝の趣味なのだろうか、薄紫の紅を差したセシルは一層妖しい雰囲気を纏っていた。男に一切の興味がなくとも、美しいものは美しい。不本意ではあるが、俺は思わず息を呑みこんでいた。
 壁に掛かった時計を見上げる。そろそろか、と俺はセシルに声を掛けた。セシルは寝所の扉の前に立ち、二回ほどノックをしてから名前を名乗った。扉が自動的に開かれる。ベッドは奥まった場所にあるようで、開かれた扉の間から見えたのは豪華な飾り棚ぐらいだった。セシルが部屋に入ると、扉はまたも自動的に閉じられた。抱かれに行ったセシルを見送り、俺は1人、控えの間に残された。
 セシルが寝所に入ってから1時間が経過した。段々暇になってきた俺は、悪趣味だと思いつつ扉にぴったり耳をつけて中の様子を伺ってみたが、分厚い扉に阻まれ物音一つ聞こえなかった。しかし確実に、セシルは今もこの扉の向こうで皇帝に嬲られている。先日聞き出した過激なセックスの内容を思い出し、じんわり下半身が熱くなった。
 あまりにすることがないので一旦控えの間を出てみると、例のお喋りなメイドが通りかかった。俺が手招きすると、彼女は素直に駆け寄ってきた。
「こんばんは。お疲れ様です」
「ああ。あのさ、いつもどの位掛かるんだ?」
「何がですか?」
 俺は後ろの扉に視線をやり、親指を立ててみせた。メイドはああ、と頷いた。
「特に決まってないみたい。1時間で終わる日もあれば、長い日もあるらしいし。皇帝の機嫌が悪い日なんかは、夜明けまでずっといたぶられてるみたいですね」
「ふうん……今夜はどうなんだろうな。ただ待つってのもなかなか疲れる」
「それはもう、皇帝のみぞ知るってやつですよ。大変でしょうけど、頑張って下さい」
 メイドと別れ、再び控えの間に戻る。下手したら一晩中だなんて、冗談じゃないと思った。ネチネチとしつこくセシルの体を弄くり回す皇帝の姿を思い浮かべ、俺はチッと舌打ちした。
 それから2時間ほど経った時、突然寝所の扉が開いた。立ち上がると、セシルが中から現れた。頬を紅潮させ、足元がふらついている。床に崩れ落ちかけた体を慌てて支え、浴室に引きずるように連れて行った。セシルは荒い呼吸を繰り返し、俺にしがみついていないと立っていられないようだった。気付けば震える足と足の間から、ポタポタと何かの液体が垂れてきている。どうやら精液とは違うようだ。この前セシルが話していた、皇帝の魔法で呼び寄せられたモンスターが触手を伸ばし彼の体内に入り込み、得体の知れない液体をぶちまける様子を思い浮かべた。
「おい、自分で洗えるのか?」
「んっ……だい……じょう……ぶ……」
 おもむろに俺の体から離れ、ふらつきながら何とか湯船に入っていった。しかし未だに白い背中が小刻みに震えている。外傷は見当たらないが、よほどの酷い仕打ちをされたのだろうことは想像がつく。
 セシルは湯船から這い上がると、ぺたんと大理石の床に座り込んだ。ため息を漏らしながら、右手を臀部に持っていく。腰をやや浮かせ、細い二本の指先を、そっと中に差し入れた。出された液体を掻きだしているようだった。
「あっ……はっ……」
 俺は目が離せなかった。セシルはひっきりなしに喘ぐような声を漏らし、指を頻繁に出し入れしている。ぐちゅ、ぐちゅ、と時折卑猥な水音が聞こえてくる。それは、いつぞやに仲間と行ったストリップショーで見た女の自慰の何倍も淫猥な光景だった。俺の股間は、いつの間にか勃起していた。
 何とかセシルを部屋に戻した後、俺は酒場に直行した。手頃な女を見つけてトイレに連れ込み、半ば脅す形で手淫をさせた。その後女に数枚の金貨を持たせると、機嫌よく去っていった。熱を放出したため漸く落ち着きを取り戻し、カウンターに腰掛ける。暫く経つと友人が現れた。俺は今日1日の出来事を彼に話した。もちろん、勃起したことは伏せてある。
「それはまた壮絶だなあ。この前お前から美少女が実は男だったと聞いた時も仰天したが、実際にそんな現場を見る機会なんてそうはないな」
「あいつ、俺に見られてることに何の羞恥心もないみたいなんだよ。服は脱ぐわ指は入れるわ……見せられる俺の気持ちも少しは考えろっての」
「何だ、いつになく余裕がない口調じゃないか。まさかその美少年とやらにほだされたんじゃないだろうな」
「そんな訳があるか。俺は女にしか興味ないね」
 いつもは愚鈍な友人の、当たらずとも遠からずといった指摘に苛立つ。何故あんなガキを見て勃起したのかと、俺は自分で自分を責め立てた。酒をひたすら飲み続ける俺の傍ら、友人の視線が何処となく気になった。
 翌日、二日酔いの頭を抱えた俺はセシルの部屋にいつものようにワゴンを持って向かった。入るなり、セシルは俺の顔を見上げ、
「……何のにおい?」
「ああ酒臭いか。悪いな」
「別にいいよ。お酒って美味しいの?」
「美味い。あの味を知らない奴は不幸だ」
「へえ、そうなんだ」
 お酒か、と呟くセシルを横目に、俺はワゴンをテーブルのそばに引き寄せた。セシルはいつもボーっとしていて、耳から入った情報もすぐに右から左に抜けていくように見えていたから、まさかその夜、あんなことが起きるなんて思ってもいなかった。
 夜半過ぎのことだった。寝所から出てきたセシルは、俺が支えるのも間に合わず、控えの間の床に力なく倒れ込んだ。体を起こすと、セシルの顔が真っ赤だった。目はとろんと上の空で、すきま風のような脆弱な呼吸をしている。一体何があったのだと問い掛けると、消え入るような声で途切れ途切れにセシルは言った。
「おさけ……知らない、と……不幸なのって……きいたら……おしえ……て……れた……」
 教えてくれた?酒の味を?まさかそれは――俺はセシルの体をひっくり返し、ローブを捲った。尻から太ももにかけて半透明の赤紫の液体が付着している。飲んだこともないような、高そうなワインの香りがした。
「おいおい……下手したら死ぬぞ」
 中毒症状は起こしていないようだったが、酩酊状態のまま風呂に入れるのはまずい。とりあえず水に濡らしたタオルで体を一通り拭いてやり、ぐったりしたセシルを背に負った。部屋に着き、ベッドに転がす。上半身を支えて起こし、口元に水の入ったコップをあてがう。セシルはそれを飲み干した途端、すっと目を閉じてしまった。どうやら眠りに入ったようだ。
 つくづく手間の掛かるペットだと毒付きながらも、今日のことは俺にも責任の一端があるだけに何ともすっきりしない気分だ。大方、皇帝の部屋にあるワインボトルでも指差しながら俺の言ったことを尋ねてみたんだろうが、16歳にして下の口から酒を飲まされる方が酒の味を知らないよりよほど不幸だと思い、俺は深々とため息をついた。


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