Diabolism


 兵に入隊してもう3年が経つ。兵士として最も名誉ある王宮直属部隊に入れたのは、仲間内でも唯一俺だけだった。行き着けの酒場で、一般兵の友人が安い酒をちびちびと飲む傍ら、店一番の高級酒を惜しげもなく注文して優越感に浸るのが、日々のちょっとした楽しみだった。
 そんな俺が、ほんの些細な報告ミスを犯したというだけで突然前線から外された。減給処分だけならまだしも、訓練さえさせて貰えない毎日は屈辱だった。書類の仕分けやら輸入品目のチェックやら、馬鹿でも出来るような雑用ばかりやらされた。俺は上官に抗議した。自分を前線に戻してくれ、自分は兵に必要な人間だと。しかし答えはNoだった。もう暫く頭を冷やせと言われ、あろうことか所属部門までも変えられた。
 新しい職場は女がやたらと多かった。若いメイドは良いとして、口煩そうなババアや頭でっかちのオッサン達なんざ目の保養にもなりゃしない。こんな場所はとっととオサラバしてやろう、そんなことを考えながら、俺は自分の仕事内容を責任者のオッサンに尋ねに行った。 
「お前は皇帝陛下のペットの新しい世話係だ。前にいた女は訳あって故郷に帰ってしまったのでな。とりあえず最初の3日間は食事の世話だけでいい」
「……は?ペット……ですか」
 ふざけるな!そう大声で罵倒し、目の前にある不細工な面を力一杯殴りたいのを必死にこらえる。犬だか猫だか知らないが、皇帝のペットの世話だと。選ばれたエリートの俺がどうしてそんな。大体俺は動物が嫌いなんだ。特に、俗に言う愛玩動物の出す、ワンだのニャンだの主人に媚びたあの鳴き声は虫酸が走る。
「あの、私は動物は……」
「動物じゃない人間だ。ただし魂の抜けた、な」
「人間?……どういうことです?」
「皇帝陛下は生涯妻帯はしないと仰っている。後宮は置かない。となれば、ペットの意味も自ずと分かるだろう」
 結局、俺はペットの世話係に内定した。オッサンの言葉を吟味した結果、一つの結論が俺の中で導き出される。皇帝は結婚もしなければ後宮も置かない。しかしそれは、夜の相手が要らないという訳ではない。
「ははあ、ペットねえ……そういう意味か」
 我が主君は中々どうしてえげつない趣味をお持ちのようだ。後でメイドに聞き出して分かったことだが、前任者の女が故郷に帰った理由は、世話をするうちに情が移り、見るに耐えなくなったからだという。
 それを聞いた俺は、ペットのイメージを5、6歳の幼女だと想像した。同じ女として、幼い女の子が性の玩具にされている姿は見ていられなかったのだろう。仮にペットが大人の女なら、情に流されたりせず、割り切ることができたのかもしれないが。
 これっぽっちも幼女になど興味はないが、俺は悪趣味な妄想を頭に浮かべた。ぺたんこの胸を外気に晒して、しくしく泣きながら皇帝の膝で全裸で踊らされている姿だ。
 さて今から会いに行く哀れなペットは一体どんな面をしているのかと、俺はワゴンに載せられた質素なメシを見下ろし、そいつのいる部屋に向かった。
「入るぞ」
 皇帝の所有物とはいえペット相手に敬語は要らないと指示を受けたので、俺はぶっきらぼうな口調でそう言い、扉を開けた。ワゴンを部屋の中に運ぶ。見渡すと、テーブルとベッドしかない殺風景な部屋の中央に、ぺたんと床に座り込んだ少女がいた。
 幼女だと思っていただけに、俺は一瞬面食らった。年齢はおそらく15、6だろうか、ハッとするほど優美で華奢な美少女だった。
 幼女ならともかく、手足のすらりとした成長期真っ只中といった風貌の美少女では、多少なりとも下心が芽生えそうだ。男の俺を美少女の世話係に指名した上司の、あまりの想像力の無さに内心呆れた。
 ペットの名前はセシルというらしい。名前で呼んでいいものか暫くの間考えたが、他に呼びようがないのでやはり名前を呼ぶことにした。
「セシル、食事の時間だ」
「……あの女の人は?」
 セシルの声は意外にも低かった。透き通った声質だが、可憐な美少女にはやや不釣り合いに思える。女の人とは前任者のことだろう。故郷に帰ったと答えると、セシルはふうん、と呟いた。
「そうか。良かった」
「何がだよ」
「あの人、いつも僕を見て悲しそうな顔をしてたから。何だか可哀想だったんだ」
「……僕?」
 セシルの一人称に違和感を覚える。まあ世の中には自分を僕とか俺とか呼ぶ女がいるのも確かだが、この美少女には是非しとやかに“私”と言ってもらいたいものだ。そういった躾はしないのだろうかと、少しばかり気になった。
 椅子に深く腰掛けたセシルの真正面にワゴンごと移動し、味の薄そうなスープをスプーンで掬った。この子にやる“エサ”は、スープに小さなパンにちょっとの野菜。毎日メニューは同じで、食事は朝と夕方の二回だけ。華奢な体付きを見ても、栄養が足りていないことがよく分かった。だからといって同情してやるほど俺は出来た人間ではない。むしろ、“蛋白質が見当たらないな、そうか皇帝様のあれで摂取してるのか”なんて下品な冗談の一つでも言ってやろうかと思ったりもした。
 食事は基本的に世話係が食べさせるらしい。面倒だが、初日からルールを破る訳にもいかない。俺がスプーンをセシルの口元に持っていくと、小さな桜色の唇が開かれた。ごく、と白い喉が上下する様を間近で見下ろし、心臓の鼓動が些か早まる。それを打ち消すように、野菜をフォークで適当に突き刺し、口の中に一気に押し込んでやると、セシルは綺麗な顔を苦しげに歪ませた。
 美少女の苦痛な表情ってのは何とも言えずそそるものがあるんだなと、俺は小さな興奮を覚えた。飲み込むのを見届け、続けてパンを千切った。親指と人差し指でかけらをつまみ、そっと口に入れてやる。その時図らずも、俺の指先がセシルの舌を掠めた。慌てて手を引っ込める。このままでは妙な気分になりそうだし、さっさと仕事を終わらせて立ち去った方が懸命だ。
 ワゴンを引いて部屋を出た。とりあえずは今日の役目を終え、ふうと安堵のため息をつく。廊下に置かれた時計を見ると、午後5時35分を指していた。
「酒でも飲みに行くか……」
 ちと早いが、する事もないので行き着けの酒場に向かうことにした。
「それでよ、そのペットってのがとんでもない美人な娘でな。体の方は痩せ過ぎなんだが、あと数年も経てばいい女になるだろうよ」
「へえ。面食いのお前がそんなに絶賛するってことは相当の美少女なんだろうな」
「ああ……整いすぎて怖いぐらいだ」
 一般兵の友人と、酒を片手に仕事の愚痴やら世間話やらを交わし合う。降格されたとはいえ一時的なものだし、それでも王宮の門の内側に入れる奴と、入れない奴とでは格が違う。だからこそ、俺はこうして自尊心を回復させるためにも友人を飲みに誘う。
「その美少女にうっかり手出さないように気をつけろよ。死刑か、一生牢獄行きだ」
「俺がそんな馬鹿やらかすかよ。王宮直属の兵士だぜ?」
 お前のような一般兵ごときに心配される筋合いはないと内心思いながら、俺はきつい酒を一気に飲んだ。
 翌朝、王宮に出向いた俺は昨日と同じメニューが載せられたワゴンを厨房で受け取った。セシルの部屋の前に着き、軽くノックしてから扉を開く。ベッドに体を丸くして横たわった彼女がいた。
「起きろ。朝食の時間だぜ」
「ん……」
 かすれた声で唸り、むっくりと起き上がる。半開きの目で俺を見上げるセシルの気だるい顔には、妙な色気が備わっていた。思春期の少女が纏う爽やかな色気ではなく、強烈で妖艶な色気だった。それでいて、決して品性は失っていない。その危うさに恐怖めいた感情が湧き上がり、ぞくりと背中に寒気が走った。
 メシを食べさせてやった後、コップに入った水を手渡す。水を飲む行為ぐらいは本人にさせるらしい。飲み終えるのを待つ間、俺はベッドに腰掛けていた。飲むスピードがあまりに遅く、ますます遅らせるだけだとは思ったが、暇潰しにセシルに話しかけてみた。
「なあ。お前いくつ」
「……?」
「何歳かって聞いてんだよ」
「ああ……えっと……」
 コップをテーブルに置き、指を折りながら何かをぶつぶつ呟いている。わざわざ指で数えないと分からないのだろうか。
「確か、16歳」
「16ねえ。で、王宮にはいつ来たんだ?」
「10歳」
「おいおい、そんな前からかよ」
 俺の予想は半分は当たっていたらしい。10歳のガキ相手におっ立てるなんざ、ロリコンに片足突っ込んでると言われても仕方がない。
「お前、10歳の時からヤられてんのか」
「やられる?何を?」
「……だから、10歳の時から毎晩皇帝と何してんの」
「セックスしてる」
 これはまた随分とストレートなお言葉で。セシルの語彙力の無さにも驚いたが、そんな幼い時から男の慰み物にされてきたのかと思うと尚更驚愕した。しかし、生憎俺は他人を哀憫する感情など大して持ち合わせていない。この少女は決して無口という訳ではなく、尋ねたことには素直に答えるタイプのようだ。俺は好奇の目を向け、セシルに聞いてみた。
「なあ、どんなセックスしてるんだよ。道具とか使ったりするのか?」
 何故そんな質問をするのだろうと不思議そうに首を傾げつつ、セシルは皇帝との情事について語り出した。
 案の定皇帝はマニアックなプレイがお好きのようで、彼女の言葉足らずな説明を妄想で補いつつ話を興味深く聞いていたが、解せないことが1つあった。どうも話を聞く限りでは、行為に後ろの穴しか使っていないような気がするのだ。処女は取っておいてやろうなどと、あの鬼畜皇帝が考えるとは思えない。なぜ前は使わないのかと、朝っぱらからこんな会話を交わす自分に多少の抵抗を感じながらも、俺は尋ねた。しかしセシルは首を傾げ、
「前って何のこと?」
「んなこと言わせんなよ。分かってんだろ」
「えっと……やっぱりよく分からないや。ねえ、もういい?」
「ああ……早く飲め」
 結局答えは得られず、セシルが水を飲むのを無言で待った。
 部屋を出て、ワゴンを引きながら廊下を歩いていると、顔見知りのメイドとすれ違った。昨日、前任者が帰郷した理由をこっそり教えてくれた子だ。どうです、世話係の方は慣れましたか?と尋ねられ、俺は大袈裟に肩をすくめた。
「まだまだ、だな。他人の世話なんてしたことなかったし。しかしあんな美少女どこで拾ってきたんだか」
「美少女?何言ってるんですか」
「えっ……あれが美少女に見えないのか?」
 丸顔のメイドを見やり、女の嫉妬はつくづく恐ろしいものだと思った。あんな哀れなガキ相手にまで妬むこともないだろうに。メイドはやや声を潜め、俺の方に顔を寄せて言った。
「あの子、男の子ですよ」
「……は?」
「だから正確には、美少年ですね」
「おい、それ本当か?冗談だろ」
「こんな冗談ついて何になるんです。世話するのが辛くなったっていう例の子とはそれなりに仲良かったから、色々と聞きました」
 お喋り好きのメイドはもっと話したそうな様子だったが、俺は適当にその場を切り上げ、厨房に向かっていった。
 あの美少女が男だとは……。声が低かった理由も、胸がない理由も、情事の際後ろしか使わない理由も全て納得がいく。そして、男の俺を世話係にした理由も。皇帝は、とにかく容姿さえ美しければ男女は問わない主義らしい。益々とんでもない主君だと思った。
 夕方になり、本日二度目の食事を運ぶ時間が来た。部屋に入ると、セシルは何も映さない瞳でぼんやりと真っ白の天井を眺めていた。まるで人形のようだ。ワゴンを運び入れ、声を掛ける。千切ったパンの最後のひと欠片を押し込んだところで、セシルの顔を覗き込んだ。あの子、男の子ですよ――メイドの言葉が蘇る。美少女じゃなかったのは残念だが、少し気が楽になった。男相手ならば、変な気を起こすことはまずないからだ。
「なあ、お前男だったんだな」
「うん。それがどうかしたの」
「いや別に。男なのに大変だなと思ってな」
「男なのにってどういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。女の代わりをさせられてんだろ」
「……?」
「分からないならもういいって。それより食ったな、俺は帰るぞ」
 手早くワゴンの上の食器を片付け、友人に話すネタがまた増えたなと思いながら、俺は部屋を後にした。



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