In the cobweb




 ピルを飲まなくなって3日が過ぎた。カインからの呼び出しは未だない。セシルは携帯電話の着信記録を見下ろし、ふう、と大きなため息をついた。門扉を開き、家の鍵をスカートのポケットから取り出した。
「セシルさん」
 ドアを開けて家の中に入ろうとした時、背後から自分を呼ぶ声がした。振り返ると、いつの間にいたのだろうか、家庭教師のベイガンが自分を見下ろして立っていた。今日は来る曜日ではない筈だ。何故こんな場所にいるのだろう。
「今週だけ授業を今日に変更してもらったんです。昨夜連絡を差し上げたでしょう。お母様から聞いてませんか?」
「いえ、母は何も……」
「きっと言い忘れてたんでしょうね。とにかく、上がらせて頂きますよ」
「えっ……今から授業するんですか?」
「帰宅されたのだからあなたも用事はないのでしょう?明後日の授業を今日やるだけです、構いませんね」
「……はい」
 渋々彼を家に上げ、玄関先のホールと吹き抜けを繋いだ階段を登っていく。二階に登りきったところで後ろを振り向くと、ベイガンが至近距離にいてどきりとした。スカートの中を見られてはいないかと、広がったプリーツを無意識に手で押さえる。
 部屋に着くと、セシルは制服のブレザーを脱いで壁に掛けた。母がいつもするように、飲み物を出した方が良いのだろうか。ベイガンを残して一階のキッチンに向かい、冷蔵庫から冷えた麦茶をコップに注いで階段を駆け上がった。部屋のドアを開いた時、ベイガンが自分のブレザーに触れていた。セシルは丸い目を見開いた。
「あの……何してるんですか?」
「いや失礼。あなたの制服姿を初めて見たのでね、制服を着ていた高校生の頃が無性に懐かしくなりまして」
「そうですか……」
「ところで、今日はお母様は?」
「母は夜まで帰りません。歌舞伎を観に行くって言ってたから」
 麦茶を差し出し、部屋の中央にある小さな丸いテーブルの前に座り込む。いつもなら真正面に座るベイガンが、今日は自分のすぐ真隣に腰掛けてきた。居心地が悪くなり、彼から逃げるように体をそらして鞄から教科書とノートを漁る。その時、不意に太ももにひんやりした感触を感じ、セシルは小さな悲鳴を上げた。
 振り返り視線を下ろすと、右から伸びたベイガンの手が、自分の太ももに添えられていた。
「あの、ベイガン先生……手を……」
「随分とお盛んですねえ。セシルさん」
「えっ?」
「見ましたよ、あなたがカイン君とホテルに入って行くところ。そして二時間後、今度は路上でフリオニール君と抱き合ってキスしていましたね」
「……何で知って……」
 そこまで言い、はっと口を押さえる。これでは認めたようなものだ。ベイガンの意図が分からない。何故唐突にこんな話を始めたのだ。それにどうしてカインやフリオニールの名前まで知っている?3ヶ月前家庭教師として派遣されて来たこの男と、プライベートの話など一切交わしたことはないのに。含みのある手つきで太ももを撫でられ、セシルはそれを手で振り払い、座ったまま後退りした。やがてベッドの縁に背中が当たる。
 ベイガンは立ち上がり、セシルの目の前でしゃがみ込んだ。顔をまじまじと覗き込まれ、舐めるような視線を這わせてくる。息が顔に吹きかかるほど間近に迫り、嫌悪から顔をしかめる。
 突然両脇に手を差し入れてきたかと思えば、ベッドに引きずり上げられた。そのまま体をマットレスに押しつけられ、ベイガンの目的に気付いたセシルは反射的に膝を折り曲げ、彼の股間目掛けて勢い良く振り上げた。自分の肩を押さえつけていたベイガンの手が一瞬離れ、その隙に体を捻って彼の体から抜け出し、部屋の入り口に向かって逃げる。震えてもつれかけた足を何とかこらえ、ドアノブに手をかけたところで後ろから羽交い締めされ、セシルは体をむちゃくちゃに暴れさせた。
 冗談じゃない、自分を好きにしていい相手はカインただ1人なのだ。こんな男に抱かれるなんて耐えられない。
 セシルは必死に抵抗を試みたが、自分より一回りも年上の男の力にかなう筈もなく、再びベッドに引きずられた。それでも尚暴れるセシルに苛立ったのか、突然、ベイガンに頬を強く叩かれた。はっと顔を振り仰ぐと、獲物を前にした雄の表情をしたベイガンと目が合った。
 怖い――恐怖心に支配され、全身が固まった。目尻に涙を溜め、セシルは唇を噛み締めた。ベイガンがふっと笑い、震える手首を掴んで宥めるように囁いた。
「そんな顔をしないで下さい。叩いたのは謝りますから。あなたさえ従順でいてくれれば優しくしてあげますよ」
「離してくださっ……」
「男が大好きなんでしょう?なら私の相手もして下さいよ」
「ちが……」
「そうそう、産婦人科にも随分地味な装いで定期的に通ってますよね。あれはピルを貰いに行ってるんじゃないんですか」
 この男はどこまで人の私生活を知り尽くしているのだ。確かに産婦人科に行く時は、いつも最寄り駅のトイレで制服から地味な私服に着替え、伊達眼鏡をかけていた。このねちっこい蛇のような目で四六時中見張られていたのかと思うと気味が悪い。先日テレビで見た、ストーカーに悩む女性の悲痛な体験談を思い出した。
「ご両親もさぞ悲しむでしょうねえ。血の繋がらないあなたを我が子のように可愛がり、こんなに大きな屋敷で何一つ不自由ない生活を与えて、専属の家庭教師まで雇って……それなのにあなたときたら、親に貰ったお小遣いで避妊用の薬を買い、複数の男と――」
「……やめろ!先生には関係ない!」
「そこはねセシルさん、やめろじゃなくやめて、ですよ。もっと上品に振る舞わないとカイン君は振り向いてくれませんよ」
「なっ……」
「そうだ、さっき駅前でカイン君がローザさんと歩いてましたよ。カイン君は随分嬉しそうな顔をしていました。あの2人、美男美女でお似合いのカップルだと思いません?」
「……嘘だ」
「本当です、携帯で撮りましたから。見せましょうか?」
 ベイガンが胸ポケットから携帯を取り出し、写真をセシルの眼前にかざしてくる。ローザのことまで知っているこの男を忌々しく思いながら、恐る恐るそちらを見やると、彼の言った通り、並んで歩く2人の姿が映っていた。頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り抜ける。言葉を紡ぐことが出来なかった。
「ショックですか?でもあなただってフリオニール君を弄んでるんですから。……これは因果応報なんですよ」
 ベイガンがセシルの首を撫で回す。襟元のリボンをするりと抜かれ、着ていたカーディガンのボタンを上から順番に外される。シャツの裾をスカートから引っ張り出され、同じようにシャツのボタンも外されていく。やがて全てのボタンが外れると、ベイガンはにやりと笑い喉を鳴らした。ごつごつした両手が胸元に伸びてくる。どうしよう、このままじゃ下着を見られる――頭では分かっていても、ベイガンに対する恐怖と、先ほどの写真のショックで体が動いてはくれなかった。彼の手がカーディガンとシャツをまとめて掴み、一気に左右に開かれる。カイン以外には見せたことのなかった肌がベイガンの眼下に晒され、嫌というほど彼の視線が突き刺さる。やがて小さく盛り上がった膨らみに手が添えられ、下着の上から強引に揉みしだかれた。セシルは顔を背け、唇を震わせながら呟いた。
「いや……」
 何が可笑しいのか、ベイガンが突然くくっと肩を揺すって笑い始めた。首筋をペロリと舐められ、耳たぶを甘噛みしながら背中にそっと手を回し、ホックを順番に外される。
「もっと嫌がってくれて構いませんよ。……痛くされたいのなら、ですが」
 下着が外され、露わになった膨らみの小さな突起をベイガンの舌が這いずり回る。セシルは一度は抵抗を試みたが、歯を立てられた瞬間動きを止めた。口元に手をあてがい、生理的に漏れ出す声を抑えながら早く時間が過ぎることだけを考える。
 唾液でべたべたになった充血した乳首を見て、ベイガンは満足げに目を細めた。ズボンを脱ぎ捨て、下着から自身を取り出し、セシルの手を取り自らの股間に添えさせる。
 扱くように言われたセシルは逡巡した。そんなことしたくない――そう思う一方で、余計な怒りを買うことは避けたかった。逆上すれば何をするか分からない、不気味なオーラをベイガンは纏っている。
 意を決したセシルは手のひらで彼のものを包み込み、上下におもむろに動かし始めた。次第に手の中のものが筋くれ立ち、固さが増していくのが分かる。時折、先走りが自分の顔に飛び散る不快感にこらえながら事務的に手を動かしていると、上からベイガンの手が添えられた。扱くスピードを強引に早められ、やがて先端から勢い良く飛び出た白濁が、セシルの手や胸元を汚していった。暫く荒い呼吸を繰り返していたベイガンはセシルのスカートをめくり上げた。足と足の間に指を這わせ撫で回し、細長い両脚を抱えあげる。
「見なっ……で……」
「随分と可愛らしい下着ですねえ。今時いちご柄ですか」
「や……いやだ……」
「この柄はカイン君の好みですか?それともあなたの趣味ですか」
 言いながら下着をそっと下ろされる。皺だらけになったそれを片方の足首に掛けられたまま、左右に開かれた足の間にベイガンの顔が埋まり、セシルは大きな悲鳴を上げた。生暖かい舌が這いずり回り、否が応でも声が漏れる。混乱した頭でセシルは叫んだ。もうやめて、早く入れてと涙混じりに訴える。こんな男の愛撫に感じてしまうぐらいなら、さっさと挿入された方がマシだと思った。浅はかな考えだが、セシルは既に正常な思考力を失っていた。
「そんなに欲しいんですか。なら仕方ありませんね」
 ベイガンは顔を離すと、セシルの足と足の間に体を割り込ませ、自身をさすりながら、唾液で濡れたそこにあてがった。
 熱い先端が押し付けられ、セシルは反射的にベイガンの肩を押し返した。言い忘れていたことがあった。
「あっ、ま、待って……」
「何です?早く言いなさい」
「……せめて……ゴムを……」
「コンドームなんて要らないでしょう。あなたピル飲んでるんでしょ?大丈夫、私は病気もありませんから」
「ちがっ……あ、あああっ」
 制止も聞かず、ベイガンのものが自分の中に押し入ってきた。腰を激しく揺さぶられ、唾液と精液で濡れた胸を掴まれる。カイン助けて、お願い――頭の中で必死にカインの名前を呼び続ける。
 やがてベイガンの息が荒くなり、彼が達する気配を感じたセシルは顔を上げた。シーツをぎゅっと掴み、先生、とベイガンに呼びかける。
「お願い、中はやめて……」
「っ、何を言うんですっ……、く、いまさら……でしょう」
「いやだ……いやっ……出さないで……先生……!」
「も……う……遅いっ……」
 セシルの懇願を聞き入れず、ベイガンは腰を密着させ欲望を吐き出した。やがて彼のものが抜け出ると、両脚首を掴まれ左右に大きく開かれた。人差し指が入ってくる。中に出された精液を掻き出され、セシルは弱弱しく顔を振った。暴れるだけの体力も気力も、残されてはいなかった。
 その後もベイガンの仕打ちは続いた。もはや何回抱かれたのかさえ分からなかった。行為が終わるとセシルは何も映さない虚ろな瞳でベッドに力無く崩れ落ちた。彼の体液と自分の汗で体中がべとついている。
 ベイガンは床に落ちたセシルの下着を手に取ると、それで濡れた自身を拭き取った。その様子をぼんやりと眺めていると、ズボンを履いた彼がセシルの机の前に立った。引き出しを開け、中を漁り始めたベイガンはやがて一枚の写真を手に取り、こちらを振り向き肩をすくめた。
「もうこれはいりませんよね。カイン君の写真」
「……や……め……」
「他の男に抱かれてるあなたをカイン君が好きになるはずないでしょう。ご覧なさい、今の自分のはしたない格好を」
「いやだ……返して……」
「これは預かっておきましょう。そうそうセシルさん、授業は本当は明後日のままなんですよ。楽しみにしていますよ、それじゃ」
 服を身に付けたベイガンは写真を鞄に押し込むと、セシルを置いて足早に部屋から立ち去って行った。ドアが閉められたのを確認し、重たい体をゆっくりと起きあがらせる。その足で風呂場に行き、体を隅々までよく洗った。出されたものを指で必死にかき出し、口の中も何度も濯ぐ。
 濡れた髪をまとめ上げ部屋に戻ると、先ほどベイガンが漁った机の引き出しを全開した。
 彼は気付かなかったようだが、カインの写真はもう一枚入れてあるのだ。確か、3日で書かなくなった日記帳に挟んである。古びたそれを手に取り中を開く。高跳びの授業を見学した際に撮影した、誰よりも天高く飛び上がったカインの姿が写っていた。セシルは写真を抱き締めた。早くカインに会いたい。会って、今日のことを忘れるぐらい何度も何度も抱いて欲しい――。
 ふと窓の外を見やり、心臓が嫌な音を立てて鳴り響いた。真正面にあるローザの自宅の門の前に、彼女とカインが立っていた。セシルは窓のそばに近寄った。全身を震わせながら、カーテン越しに2人の様子をじっと見つめる。
 カインが何かを話し込み、やがてローザが首を振った。何を言っているのかは分からないが、セシルにとって喜ばしい台詞を言ったようには思えなかった。カインが肩を落とし、右手を上げてその場から立ち去ったのを目で追いかけ、ベッドにふらりと倒れ込む。シーツにはベイガンとのセックスの匂いが染み込んでいた。自然と涙がこぼれ落ち、何故自分だけがこんな思いをしなくてはならないのだと、3日前と同様、どす黒い感情が再び湧き上がってくる。
 カインを永遠に手に入れるにはどうしたら良いのだろうと思考を巡らす。一番手っ取り早い方法を、皮肉にもベイガンの行動がヒントとなって思い付いた。彼の視界に、自分だけが映るようにすればいい。自分を頼るしかない状況に追い込んで、すがりつく彼に向かって優しく手を伸ばしてやるのだ。
 カインを追い詰める方法を模索しながら、まるで子供のように浮かれている自分がいた。恐怖に怯えるカインの姿を思い浮かべると、体中が熱くなる。写真の彼に口付けを落とし、セシルは携帯電話を手に取った。着信履歴の一番上にある番号を表示させ、通話ボタンを押す。もはや後戻りは出来なかった。
「……もしもし。あのね、君に頼みたいことがあるんだけど――」
 





END




続きはwebで。嘘です
アフターピル飲む描写も入れようと考えたんですが、流石に生々しいのでやめました(今更?)
機会があればこの続きも書きたいと思います。




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