元拍手お礼用SS。セオドア視点のセシルパパに関する小話。月の帰還より前のお話です。
FF4TAのセシルの部屋には3つのベッドが並べて置かれています。




***



 父さんは時折、夜中にうなされていることがある。身を小さく丸めて、苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、言葉にならないうわごとを呟いている――。異変が生じた時、母さんは慌てて飛び起き、献身的に父さんの介抱をする。白魔法のエキスパートである母さんが側にいるのだから、僕に出来ることなど何もないし、今起きればかえって邪魔になってしまうのが分かっているから、父さんはいずれ治まる、大丈夫、そう自分に言い聞かせて僕は眠っている振りをする。
「セシル、しっかりして」
「っ……ん……すまない……。あっ……セオ、ドアは……?」
「大丈夫、よく寝てるわ。この子は一度寝たら起きないもの」
「そう……か……」
 こんな時にも関わらず、僕を起こさないよう気を遣って小声で話す両親が、愛おしくもあり、腹立たしくもある。どうして僕を除け者にするんだろう。
 いつかの兵学校の授業中、僕はお腹が痛くなって、限界まで我慢したけど結局は倒れてしまった。盲腸だった。城まで運ばれて帰ってきた僕に、真っ青な顔をした父さんと母さんは言った。体の不調を感じた時は我慢せずに言いなさい、と。でも父さんはいつだって我慢をしてる。発作が起きても、寝ている母さんを自分から起こしたことなんて一度もない。自分が出来ないことを僕にだけ押し付けるなんて、いくら親子とはいえ理不尽だと思う。何故父さんはこんなにも我慢するんだ。背中越しに聞こえる頼りない呼吸音を聞く度に、父さんが死んでしまったらどうしようって、不安で一杯になる僕の気持ちなど分かってくれない。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、じっとしているのが苦痛になった時、不意に、父さんの暖かい手が僕の頭を撫であげた。
「セ……オ、ドア……」
 僕の名前を途切れ途切れに小声で呟く。そんな小声で言わなくても……僕はとっくに起きてるんだよ、父さん。小刻みに震えた手で僕の頭を撫で続ける父さんは、そうすることで安息を得ているような気がした。頭先から父さんの苦しみが僕に伝わってきたかのように、意識的に閉じていた目の端っこから一粒の涙が零れる。僕はおもむろに腕を伸ばし、頭を撫でる父さんの手を握り締めた。起きていたことに驚いたのか、触れた手がピクリと反応する。僕は振り返り、顔を歪ませ脂汗を掻いている父さんを見上げた。
「父さん、苦しいの?」
「セオ、ドア……起き……て……」
「ごめんなさい父さん。僕、最初から、ずっと目覚めてたんだ」
「……そうか……すまな、い……。起こ、して、しまっ……て……」
 父さんは僕を抱き締め、すまない、と繰り返した。どうして謝るんだ。謝るようなことじゃないのに。でも、密着した父さんの体はとても暖かくて、やっぱりまだ息苦しそうだったけど心臓の鼓動はしっかりしていて、僕は密かに安堵していた。
 先ほど寝室を出ていった母さんが、タオルとボウルを手にして戻ってきた。サイドテーブルに置きながら、優しい声色で僕の名を呼ぶ。
「セオドア、起きてたの?今日はずいぶん甘えん坊ね」
「ちっ違うよ!これは父さんが……」
 僕は慌てて体を離そうとしたけれど、父さんは僕に抱きついたまま離れようとはしなかった。母さんはタオルを水の入ったボウルに浸し、穏やかに笑った。
「……そうね。甘えん坊なのはセシルの方ね」
 症状が少し和らいだのか、父さんの呼吸は幾分落ち着いたように感じられた。
相変わらず抱き締められたままだったから、暑くて息苦しかったけれど、父さんがこうすることで少しでも落ち着くのなら構わないと思った。母さんのような白魔法の心得はなかったけど、僕だって、父さんを助けてあげたい。ずっとそう思ってきたんだ。それに本音を言うと、僕は嬉しかったんだと思う。
 僕は父さんの前ではつい意地を張ってしまい、なかなか甘えられずにいた。聖騎士の称号を持ち、一国をまとめ上げるバロンの王様である父さんは僕にとってあまりに大きな存在だった。周囲からサラブレッドと呼ばれることへの重荷や反発心が、父さんに抱く羨望や尊敬に入り混じって、子供扱いされたくない、もっと対等に見て欲しい――そんな風に思うようになっていった。だから、父さんに頭を撫でられたり抱き締められることを僕は拒んだ。
「そんな子供扱いしないでよ。同級生に見られたら恥ずかしいじゃないか」
 僕がそう言うと、父さんは寂しそうに微笑むだけで決して怒ったりはしなかった。言ってしまった後で、胸の奥に鉛のように重たくて嫌な感じが広がったけど、僕には、素直に謝ることができるだけの勇気がなかった。
 父さんが僕と触れ合うことで安息を得るように、僕もまた、父さんに抱き締められるとひどく安心できた。母さんとは毎日お休みのキスをしていたし、出掛ける前は必ず行ってらっしゃいの抱擁があったから(拒めばきっと母さんは泣いてしまうから。別に、甘えてるわけじゃないぞ!)知っていたけど、物心ついてから、父さんの温もりをこんなにも感じたのは初めてだ。少し恥ずかしかったけど、僕は父さんの背中に手を回し、胸の中に顔をうずめてみた。優しい匂いがした。
「父さん、大丈夫?」
「……ああ、だいぶ落ち着いたみたいだ。ありがとうセオドア、お前のおかげだよ」
「僕は、別に何も……」
 抱擁が解かれ、父さんは僕の頭に手を乗せた。しかし何か思い出したかのようにすぐさま手を離し、
「すまない。こういうのは嫌だったね」
「――いいよ。父さんの好きにしなよ」
 僕の言葉に父さんは目を細めて微笑んだ。実の父親に対して抱く感想じゃないのは分かってるけど、微笑む父さんの顔が一瞬、何ていうのだっけか、美術史の教科書に載ってた聖母なんとかっていう人みたいに見えた。セオドア君のお父様ってなんだか神秘的よねって、同級生の女の子に言われたのを思い出した。母さんならまだしも、男の父さんに対する誉め言葉ではない気がして馬鹿にされたんだと思ってたけど、今なら何となく……あの子の言った意味が分かる。
 その日は、父さんと母さんと僕で体を寄せ合うようにして寝た。母さんは何度も頬にキスをするし、父さんは頭をずっと撫でてくるから、しばらく眠れなかったけど。
 翌日の夕食後のことだった。父さんが僕の部屋を訪ねてきた。滅多にないことなので何かあったんだろうかと不安になったが、父さんは椅子に腰掛け、真剣な眼差しで僕を見て、言った。
「セオドア、今まですまなかった。僕の発作のこと、お前はとうに知ってたんだな」
「父さん?」
「なあ、“暗黒騎士”について兵学校で習ったかい?」
「えっ?ああうん、習ったよ」
「そうか……。どういう風に教わった?」
「えっと、闇の力を利用して戦う騎士だって」
「それだけか?」
「それだけだよ。聖騎士と真逆の存在なんでしょ?」
「……僕は、かつて暗黒騎士だった」
「知ってるよ、そんなの。父さんは試練の山で聖騎士になったって話も含めて、昔教えてくれたじゃないか」
「そうだったな。……でも、お前に言っていなかったことがあるんだ。セオドア、暗黒騎士の鎧のことは……知っているか?」
「えっ……」
 父さんが言った内容は、俄かには信じがたいことだった。暗黒騎士は古に伝わる特殊な鎧を直接体に打ち込み、死ぬよりも辛い苦痛に耐えた者だけが闇の力を得るのだという。鎧を打ち込む際に開けた傷口は一生癒えることがなく、聖騎士になった今も父さんの背中には複数の大きな傷が残っているらしい。闇は負の力で出来た傷に纏わりつく性質がある。だから闇は、父さんの傷口に入り込んで魂を食らい尽くそうと襲いかかる。しかし聖なる光の加護が父さんの体を包み込み、邪悪な闇から護ってくれる。それでも、一度暗黒の力を受け入れた父さんの肉体と魂は闇にとってあまりに魅惑的だった。光に邪魔され傷口から入り込むことが出来ない闇は、代わりに父さんに悪夢を見せる。精神的に追い詰め、やがて自我を破壊した所で弱まった光の加護を増幅した闇によって打ち砕くつもりなのだという。見る悪夢はいつも同じ内容らしい。どんな夢なのか問うと、父さんはしばらく逡巡していたが、最後には答えてくれた。
「セオドアとローザ、カインや兄さん……そのほかにも沢山の、僕の大切な人達みんなが……苦しみながら焼け死んでいくんだ。そして、唯一人残されてしまった僕は一瞬にして闇に包まれる。そこは誰もいない、何も見えない真っ黒な世界。お前達を失った深い悲しみと絶望に支配された僕自身が作り出した世界だと、闇が耳元で囁いてくる。楽になりたいのなら心を壊してしまえばいい。そうすれば、あらゆる悲しみや苦しみから解放される――。それでも僕は必死に抵抗する。だから苦しくて、発作が起きるんだ」
「そんな……」
 僕は涙が止まらなかった。どうして、どうしてこんなにも優しい父さんが、父さんだけが、こんなにも苦しまなくてはいけないんだ。苦痛に喘ぎ悶え苦しむ姿を思い出し、僕が狸寝入りを決め込んでいた間、父さんは一生懸命悪夢と戦っていたのだと思うと、自分のことが無性に情けなくなった。僕はただ心配で、不安な気持ちになるだけで、息子に心配かけまいとする両親を腹立たしいとさえ思っていた。心配するだけなら誰だって出来る。本当に身を案じるのなら、考えて、努力をしなくちゃいけなかったんだ。
「セオドア、心配しないでいい。僕は何があっても負けないよ。お前とローザを悲しませることだけはしない」
 父さんはいつにも増して穏やかな口調でそう言った。父さんは誰よりも強いから、戦う意思がある限り、闇に呑み込まれたりしないだろう。それでも僕は、少しでも、父さんが頑張らなくていいようにしてあげたいんだ。
「父さん。僕は……白魔法を学ぶよ」
「えっ?」
「父さんが苦しい時、僕だって役に立ちたい。母さんみたいにはなれないけど、白魔法は重ねれば重ねるほど効果が上がるんだろ?剣術を主とする聖騎士の父さんにも中級の白魔法は使えるんだし、僕だって……!」
「……ありがとう。セオドアは本当に優しいな」
「……優しいのは、父さんだろ」
 父さんが微笑む。やっぱり、父さんの笑みは聖母なんとかによく似ていると思った。
 白魔法の習得は、思っていた以上に厳しい道のりだった。母さん曰わく“セシルよりセンスがある”そうだが、未だにケアルさえ成功しない。定例会議を終えた父さんが屋上に現れ、母さんの猛特訓を受ける僕を壁際で眺めていた。横目で父さんを盗み見ると、なんだかとても嬉しそうだ。何かいいことでもあったのだろうか。
「セオドア!意識を集中させなさい!」
「は、はい!」
 失敗すれば、母さんの怒号が容赦なく飛んでくる。まさかこんなにスパルタな人だったなんて思わなかった……。でも、父さんのあんな幸せそうな顔を見られるのなら、厳しい修行にも耐えられるような気がした。
 それからも父さんは時々発作に襲われた。しかし、不思議なことに回数が徐々に減っているのだ。折角修行したにも関わらず僕がケアルを習得する頃には発作はすっかりなくなっているのかもしれない。それで良かった。そうなって欲しかった。
 誰よりも強く、誰よりも弱い父さん。もう誰も父さんを傷付けたり、苦しめないで。でもいつか、万が一父さんを苦しめる何かが再び現れたその時は、僕が絶対に救ってみせる。夜空を見上げ、月に誓った。
――うっすらと、光り輝く月の隣に、小さな丸い影が見えた気がした。




END

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